NO.105「う」のつく元気になった邦画2
「上を向いて歩こう 坂本九物語」 (ウエヲムイテアルコウ サカモトキュウモノガタリ)
<元気コメント>
「上を向いて歩こう」
この歌が流れた時、どんなに元気づけられただろうか。
<あらすじ>
坂本寛(ゆたか)と妻・いくとの間に生まれた、九(本名・ひさし)。
第二次世界大戦下の疎開生活も終わり、九は多感な青春時代を送る。
高校生になった九は、歌手を目指し、バンドボーイのアルバイトで米軍キャンプやジャズ喫茶を回り始め、次第に人気者になっていく。
歌手デビューを果たした九は、瞬く間にヒット街道を駆け上がる。
そして、運命とも呼べる曲「上を向いて歩こう」が大ヒット。
「明日があるさ」「見上げてごらん夜の星を」などヒットを連発した。
昭和39年、「スキヤキ」(「上を向いて歩こう」)はビルボードで4週連続1位を記録した。
昭和60年8月12日。九は、NHKでの収録後、羽田空港へと向かった。空港でもファンに、あの笑顔で応える九。
その後、午後6時12分羽田発大阪行きのジャンボ機のゲートへと消えていった。
そして、これが坂本九の最後の姿となった・・・
<データ>
「上を向いて歩こう 坂本九物語」
製作:2005年
監督:木下高男
原作:「星空の旅人 坂本九」坂本 照明(文星出版刊)
「上を向いて歩こう」柏木由紀子著(扶桑社刊)
出演:坂本 九 …山口 達也
柏木由紀子…ともさかりえ
坂本 寛 …古谷 一行
坂本 いく…岡江久美子
解説:テレビが生んだはじめてのスター・坂本九
その笑顔と独特の歌声で愛された彼が、航空機事故で死去してから20年…。
本作は、坂本九の没後20年を記念して、2005年8月21日にテレビ東京系列で放送されたスペシャル・ドラマ。
昭和30~40年代を駆け抜けた一人の青年の生きざまと、家族愛の素晴らしさを、坂本九の大ヒット曲に乗せて描いている
<「上を向いて歩こう」と言えば>
★坂本九(さかもと きゅう)
本名:大島九(おおしま ひさし)、1941年12月10日 - 1985年8月12日)は、日本の俳優・歌手。マナセプロダクション。
神奈川県川崎市川崎区出身。日本大学高等学校出身。愛称は九ちゃん(きゅうちゃん)。
血液型はA。妻は柏木由紀子。長女は大島花子、次女は舞坂ゆき子(本名:大島舞子)。
1985年8月12日 日航ジャンボ機墜落事故で逝去した。
★9番目に生まれて
名前は、兄弟が多く、9番目に生まれて、そろそろ名前のネタが尽きてきた事から、「九」と命名されたという説がある。
又、「九」の読みが「久」に通じるからとも言われている。
第二次世界大戦の時期に幼少期を送る。
戦時中は、母の実家のある茨城県笠間市に疎開した。
また川崎在住時代、一時松あきら一家が坂本実家の近所に転居・在住してきた時期があり、坂本は松とよく遊んであげたりしていたとのこと。
高校生の時に両親が離婚。といっても家は近所で家族の交流は変わらなかった。
九など下の兄弟は母親に引き取られ、姓は坂本から大島に。
この前後からエルヴィス・プレスリーに憧れるようになり、誰も右に出る物がいなかったと言われるプレスリーの物まねで仲間内の人気者となった。
★「題名のない歌だけど」でデビュー、「悲しき60歳」が初ヒット
1958年5月、ザ・ドリフターズのメンバーとなる。ギターで活躍していた。
1958年11月、ザ・ドリフターズを脱退。グループを移籍しダニー飯田とパラダイスキングの一員としてビクターと契約。
1959年6月に「題名のない歌だけど」でデビューしたが、ヒットせず。
1960年7月に東芝音楽出版(東芝レコード。現・EMIミュージック・ジャパン)に移籍。
同年8月に移籍後第1弾シングルとして発売した「悲しき60歳」が10万枚を売り上げ、初ヒットとなった。
海外でも大ヒットした「上を向いて歩こう」など数々の名曲を残し、昭和を代表するソロシンガーと呼ばれた。
★アメリカヒットチャート誌ビルボードの「ホット100」で1位を獲得
デビュー当時はダニー飯田率いるパラダイス・キングの一員であったが、後に独立。
なおアメリカでもっとも権威のあるヒットチャート誌ビルボードの「ホット100」で1位を獲得したのはあとにも先にも日本人では彼だけである(2006年現在)。さらに、彼のこの曲が1位を獲得した際、投売りの日本製品が売れ始め、醤油が売れ始めたきっかけになったとされる説も残されている。
「上を向いて歩こう」は歌いだしが印象的な歌だが、レコーディングの時に初めてその部分を聞いた永六輔が、「何だその歌い方は!」と九に向かって激怒したと伝えられる。
この独特の歌い方は母がやっていた浪曲と、プレスリーの影響であるとも言われている。
★テレビの司会や、映画、舞台などでも活躍、福祉関係のボランティア活動にも積極的に参加
無名時代、平尾昌晃、ミッキー・カーチス、山下敬二郎などが出演した「日劇ウェスタンカーニバル」に事務所の意向を無視して無理やり出演。
バックでギターを弾いていたが、全く知られることはなかった。
歌手としての活動のほかに、テレビの司会や、映画、舞台などでも活躍した。
福祉関係のボランティア活動にも積極的に参加していたことも有名であった。
1985年8月12日、日本航空123便墜落事故に遭い、僅か43歳の若さで永眠。
九の不慮の死は、日本音楽界・歌手界にとって大きな損失と言われた。
★運命の日本航空123便
九は本来、事故の多い日航を避け国内移動には必ず全日空を使っていたが、この日の搭乗目的は大阪府での選挙応援であったため、チケットやホテルの手配などはすべて招待する側の立候補者の側近が担当。
全日空便が満席(※事故当日のダイヤでは、日航機と同時刻・同区間で全日空機も飛んでいた)でチケットを確保できず、仕方なく確保したのが日航123便であったため、家族も乗客名簿が発表されるまで日航機に乗っているはずがないと信じていたが、事故の数日後「全日空が満席で日航しか取れませんでした」という立候補者の側近からの謝りの電話があった(由紀子夫人談)。
尚、この事故で運命を共にした小宮マネージャーは、早めに羽田空港へ行き、全日空便への振替を何度も交渉したが、お盆という時節柄叶わず、やむを得ずこの事故機に乗ったという。
事故翌日の8月13日に放送された「なるほど!ザ・ワールド」200回記念では、坂本九本人も出演(事前収録)。
この時点では安否分からずの状態であったため、敢えて放送される。
★墜落から95時間後に確認
墜落から95時間後の16日、家族らの目で遺体が確認された(死亡が判明されたのは14日頃)。
当時、結婚式を挙げた笠間稲荷神社のペンダントを常に身につけていたため、遺体の胸にペンダントが突き刺さっていたことで身元が判明する。
発見された遺体は損傷が激しかったが、絶命した瞬間は両手で両足首を掴み、腕と腕の間に頭をうずめる緊急事態発生時に乗客がとる姿勢であった痕跡をかろうじて残していたこともあり即死状態であったと、遺体を確認した由紀子夫人や所属事務所社長が後に語っている。
ちなみに二人は、B747の2階席に搭乗していた。
歯だけが発見されたという話は誤りで、それは機長の遺体のことである。
葬儀は親族やごく一部の関係者のみの密葬と言う形で行われたが、北海道のローカルテレビ局(札幌テレビ放送)で福祉番組ふれあい広場・サンデー九を担当していたこともあり、一緒に亡くなった小宮マネージャーとともに、北海道内で障害者とその家族だけを対象にした「偲ぶ会」という一般葬儀も行われた。
★「九」記念
九を記念して、小惑星ナンバー6980の固有名はKyusakamotoと命名されている(「上を向いて歩こう」を作詞した永六輔、作曲した中村八大、歌手の坂本九の名前の「六・八・九」が含まれる番号を選んで命名された。この3人は「6+8=9トリオ」と呼ばれることもある)。
「明日があるさ」は2000年頃よりコーヒー飲料のコマーシャルに用いられ、再び注目された。
没後20年にあたる2005年8月(放送日は8月21日)に、テレビ東京系列で「上を向いて歩こう 坂本九物語」が放送された。坂本九役を山口達也、柏木由紀子役をともさかりえがそれぞれ演じた。なおこのドラマでは、次女の舞坂ゆき子が父の姉(舞坂にとっては父方の伯母)である遠藤八千代役で出演している。
2007年3月4日より、九ゆかりの地茨城県笠間市の中心駅である友部駅で「明日があるさ」・「上を向いて歩こう」・「幸せなら手をたたこう」のアレンジが発車メロディとして使用されている。
★坂本九 Official Web Site
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
<映画クイズ>
▲前回のクイズ「いまを生きる」の中で?
キーティング(ロビン・ウィリアムズ)が学生時代に作っていたクラブの名称は?
正解
デッド・ポエッツ・ソサエティ
▼「上を向いて歩こう 坂本九物語」の中で
坂本九がライフワークとして目指したのは?

◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
↓NO.104「いまを生きる」をご覧になってお寄せ頂いたお便りです
【最初はホラーものと勘違い】
実はこの映画最初はホラーものかと勘違いしていました。
ロビン・ウィリアムズのような先生がたくさんいらっしゃるといいですね。
(茨城 ウシュワ)
☆☆茨城のウシュワさん、お便りありがとうございました。
勘違いの元はなんだったのでしょうか?
先生の件はまったく同感です。
またのお便りをお待ちしております。 (映画で元気)
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓オススメ映画をお寄せ頂いたお便りです
【野見山さんのオススメ「愛しのロクサーヌ」】
この映画がきっかけでスティーヴ・マーティンが好きになりました。
でも、未だにDVDにならないのは残念(野見山)
☆☆野見山さん、お便りありがとうございました。
私もスティーヴ・マーティンの映画は大好きです。
またのお便りをお待ちしております。(映画で元気)
<データ>
「愛しのロクサーヌ」(Roxanne)

製作:1987年 アメリカ コロムビア映画配給
監督:Fred Schepisi フレッド・スケピシ
原作:Edmond Rostand エドモン・ロスタン 「シラノ・ド・ベルジュラック」
出演:Steve Martin スティーヴ・マーティン (C. D. Balas)
Daryl Hannah ダリル・ハンナ (Roxanne)
Shelley Purall (Dixie)
John Kapelos (Chuck)
Fred Willard フレッド・ウィラード (Moyor Deebs)
解説:人並はずれた大きな鼻をもつ消防署長が美人天文学者に恋をするというラヴ・ストーリー。
製作はマイケル・ラックミルとダニエル・メルニック、エグゼクテイヴ・プロデューサーは主演・脚本も兼ねるスティーヴ・マーティン、監督は「プレンティ」のフレッド・スケピシ。
原作はエドモンド・ロスタン(「シラノ・ド・ベルジュラック」)、撮影はイアン・べーカー、音楽はブルース・スミートン、編集はジョン・スコットが担当。
出演はスティーヴ・マーティンとダリル・ハンナほか
| 固定リンク


「シネログ」の新着記事をチェック!>


コメント
おすたかにて
http://gray.ap.teacup.com/123ja8119/timg/middle_1165812180.jpg
は、
http://bbkids.cocolog-nifty.com/takarazuka/2007/07/post_992e.html
とそっくりなんです。
投稿: http://www.asyura2.com/07/war94/msg/398.html | 2007年8月 3日 (金) 12時41分