« 2006年7月 | トップページ | 2006年9月 »

2006年8月25日 (金)

NO.48「ぬ」のつく元気になった洋画「ヌーヴェルヴァーグ」

「ヌーヴェルヴァーグ」

<元気コメント>
 あたかも同じ人物と思えるような風貌の持ち主が、まったく変わってしまうことがあるのでしょうか。
 二度とない人生の異なる疑似体験を目の当たりにすると、人生は自分次第でいくらでも変わる-そんな励ましをもらいました。

<あらすじ>
 大財閥の女当主、エレナ(ドミツィアーナ・ジョルダーノ)は交通事故に遭った記憶喪失の男、ロジェ(アラン・ドロン)を救う。
 その日からロジェはエレナと行動を共にし、彼女の屋敷に住み始めた。だが、必然のように二人の心はすれ違い、常に緊張感が張りつめている。
 その後ボートで湖に出た時、ふとした弾みで水に落ちたロジェにエレナは手を差し延べようとはせず、ロジェの姿は湖中に消えてしまった・・・

<データ>
「ヌーヴェルヴァーグ」(NOUVELLE VAGUE)
製作:1990年  フランス スイス 広瀬プロダクション配給
監督:Jean-Luc Godard ジャン・リュック・ゴダール
出演:Alain Delon アラン・ドロン(ロジェ、リシャール)
   Domiziana Giordano ドミツィアーナ・ジョルダーノ  (エレナ)
   Roland Amstutz ロラン・アムスデュツ   (ジュール)
   Laurence Cote ローレンス・コート  (セシル)
   Christophe Odent クリストフ・オダン  (ラウール)
   Jacques Dacqmine ジャック・ダクミーヌ  (PDG)

・1960年代前後に台頭したヌーヴェル・ヴァーグの旗手的存在だったジャン・リュック・ゴダール監督によるドラマ。
 主演は二役を演ずるアラン・ドロンで、ゴダールとは初顔合わせ

↓「ヌーヴェルヴァーグ」のDVD

参考:ジャン・リュック・ゴダール
(Jean-Luc Godard、1930年12月3日 - )は、フランスの映画監督。
 パリに生まれる。ソルボンヌ大学中退。
 ヌーヴェルヴァーグの旗手。フランスのみならず世界レベルで最も重要な映画作家の1人。
1959年 映画『勝手にしやがれ』で長編映画デビュー。

iconicon

1961年 長編第2作の『小さな兵隊』に主演女優として出演したアンナ・カリーナと結婚。
1964年 アンナ・カリーナと独立プロダクション「アヌーシュカ・フィルム」設立。
1965年 『気狂いピエロ』発表。
1965年 アンナ・カリーナと離婚。
1967年 『中国女』に出演したアンヌ・ヴィアゼムスキーと結婚。
1968年 カンヌ映画祭に、映画監督フランソワ・トリュフォー、クロード・ルルーシュ、ルイ・マルらと共に乗りこみ映画祭を中止に追い込む。その後、商業映画からの決別を宣言。ジャン=ピエール・ゴラン等と共に映画製作集団「ジガ・ヴェルトフ」を結成し活動の主軸とした。
1970年 アンヌ・ヴィアゼムスキーと離婚。
1972年 イヴ・モンタンとジェーン・フォンダを主役に据えた5年ぶりの商業映画『万事快調』を制作。しかし本格的な商業映画の復活ではなく、この作品以降再び政治的メッセージとしての作品を撮り続ける。
1974年 『ヒア&ゼア・こことよそ』の撮影の取材を行っていたカメラマンのアンヌ=マリー・ミエヴィルとパートナー関係を結ぶ。ゴダールとミエヴィルとは映画製作プロダクション「ソニマージュ(SONIMAGE)」を設立し、以降2人は公私に及ぶ強固なパートナー関係を維持し続ける。
1979年 『勝手に逃げろ/人生』で商業映画への復活を果たす。
1982年 『カルメンという名の女』によりヴェネチア映画祭で金獅子賞を獲得。
1989年 『映画史』の第1章と第2章とを発表
1998年 『映画史』の最終章である第4章を発表。
2002年 日本の高松宮殿下記念世界文化賞受賞。( 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

<「ヌーヴェルヴァーグ」と言えば>
 ヌーヴェルヴァーグ(Nouvelle Vague)は1950年代の末から1960年代にかけて起こったフランスにおける映画運動。
 ヌーベルバーグとも表記される。ヌーヴェルヴァーグとは「新しい波」を意味するフランス語。
 広義においては、撮影所(映画制作会社)における助監督等の下積み経験無しにデビューした若い監督達による、ロケ撮影中心、同時録音、即興演出などの手法的な共通性のある一連の作家・作品を指す(単純に1950年代末から1960年代中盤にかけて制作された若い作家の作品を指す、さらに広い範囲の定義もあり)。
 しかし、狭義には映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ」の主宰者であったアンドレ・バザンの薫陶を受け、同誌で映画批評家として活躍していた若い作家達(右岸派)およびその作品のことを指す。
 ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、クロード・シャブロル、ジャック・リヴェット、エリック・ロメールがその代表。
 一方、モンパルナス界隈で集っていたアラン・レネ、ジャック・ドゥミ、アニエス・ヴァルダ、ルイ・マル等のシネ・フィル達のことを左岸派と呼び、一般的にはこの両派を合わせてヌーヴェルヴァーグと総称することが多い。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

★本「ヌーヴェル・ヴァーグの時代―1958‐1963」
  (監)細川 晋 (編)遠山 純生 エスクァイアマガジンジャパン
  波は常に己を更新する。
  世界映画史を洗い直し、映画の見方を一新させた若きフランス映画の波を一次資料(批評、談話、座談、シノプシスなど)を駆使して詳細に解読。
  文学者、映画監督、作家らによるアンケート「わがヌーヴェル・ヴァーグ」を併録。
  ヌーヴェル・ヴァーグ40周年記念企画本 (「BOOK」データベースより)
  目次・カラーグアビア―ポスター紹介
    ・総論:ヌーヴェル・ヴァーグって何?
    ・アンケート「わがヌーヴェル・ヴァーグ」
    ・ヌーヴェル・ヴァーグの時代:1958‐1963 作品解説・あらすじ・翻訳記事

★本「ヌーヴェルヴァーグ40年/アモス・ギタイ」
  カイエ・デュ・シネマ・ジャポン編集委員会 勁草書房
  映画における「瑞々しさ」や「生々しさ」の原点ともいえる、ヌーヴェルヴァーグの40年を振り返るとともに、近年の映画祭で注目を集めた、アモス・ギタイのフィルムを包括的に考える。(「MARC」データベースより)

★本「ヌーヴェル・ヴァーグ新世紀」

 ポスト・ヌーヴェル・ヴァーグを監督論、作品ガイドとして紹介する。
 リュック・ベッソン、レオス・カラックス、エリック・ロシャン、クレール・ドニ、オリヴィエ・アサイヤスなどを収録(「MARC」データベースより)
 目次・ヌーヴェル・ヴァーグからポスト・ヌーヴェル・ヴァーグまで
   ・ポスト・ヌーヴェル・ヴァーグの監督たち
   ・フランス映画の現在
   ・フランスのコメディ映画
   ・ポスト・ヌーヴェル・ヴァーグ作品ガイド
   ・セザール賞25年史―第1回から第25回まで

◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
↓NO.47「濡れ髪三度笠」をご覧になってお寄せ頂いたお便りです
【8/20(日)テレビで放映されていた時に】
 この映画は相当以前にテレビで放映されていた時に見ました。
 それ以来市川雷蔵が出演している映画はほとんど見ていますが、この映画ももう一度見たいと思っています。
 でも、DVDがないようですね(坂梨)

 ☆☆坂梨さん、お便りありがとうございました。
   市川雷蔵の出演作品となるとかなりの数になりますね。
   他にもお気に入りの映画がありましたら教えて下さい。
   またのお便りをお待ちしております。 (映画で元気)

◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓オススメ映画をお寄せ頂いたお便りです
【桜ヶ丘小川さんのオススメ「ヌードの夜」】
 石井隆監督で、竹中直人出演で、「何でも代行屋」という設定も好き。(桜ヶ丘 小川)

 ☆☆桜ヶ丘の小川さん、お便りありがとうございました。
   監督と出演者の両ファンなのですね。
   今回はわざわざ「ぬ」に合わせてご投稿して頂いたのかもしれませんが、他にもオススメの作品がございましたらお願いします。
   では、またのお便りをお待ちしております。(映画で元気)

「ヌードの夜」
製作 : 1993年  ヘラルド・エース=日本ヘラルド配給
監督:石井隆 イシイタカシ
出演:竹中直人 タケナカナオト  (紅次郎(村木哲郎))
   余貴美子 ヨキミコ  (土屋名美)
   椎名桔平 シイナキッペイ  (仙道達)
   清水美子 シミズヨシコ  (正子)
   岩松了 イワマツリョウ  (志村)

・恋人のヤクザを殺した女とその女に惚れたがゆえに殺人事件に巻き込まれていく男の不思議な関係を描く。
 監督・脚本は「天使のはらわた 赤い眩暈」の石井隆。
 カメラマンは「天使のはらわた 赤い眩暈」「死んでもいい」などで石井隆とコンビを組んだ佐々木原保志。
 主演は「死んでもいい」「空がこんなに青いわけがない」の竹中直人、「あひるのうたがきこえてくるよ。」「眠らない街・新宿鮫」の余貴美子。
 キネマ旬報ベストテン第九位

↓「ヌードの夜」のDVD

↓「ヌードの夜」のDVDレンタル

iconicon

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年8月18日 (金)

NO.47「ぬ」のつく元気になった邦画「濡れ髪三度笠」

「濡れ髪三度笠」(ぬれがみさんどがさ)

<元気コメント>
 将軍の若君とやくざ家業の男
 →今まで生きてきた世界の異なる者同士のコメディーな友情、ぶつかりあいが、人の交わりの楽しさを教えてくれ元気付けられます。

<あらすじ>
 十一代将軍家斉の三十八番目の若君長之助は、老臣久保寺平左街門とともに幼少より岡崎藩にあずけられ、居候的な生活を送っていた。
 その彼が突然甲州鷹取藩五万一千石の城主に封ぜられることになった。
 老中堀尾備前守は自分の娘が生んだ家斉の若君を鷹取藩主にするため、長之助殺害を企んで岩間五郎太をさしむけた。
 かつて、岡崎で長之助を救ったことのある旅鴉濡れ髪の半次郎は、鉄火肌の女お蔦、のんきな大阪者弥次喜多の二人と共にの道中で、江戸に向う長之助主従と会った・・・(goo映画案内より)

<データ>
「濡れ髪三度笠」
製作:1959年 大映
監督:田中徳三 タナカトクゾウ
出演:市川雷蔵 イチカワライゾウ  (濡れ髪の半次郎)
   本郷功次郎 ホンゴウコウジロウ  (長之助)
   淡路恵子 アワジケイコ  (お蔦)
   中村玉緒 ナカムラタマオ  (おさき)
   楠トシエ クスノキトシエ  (おとし)

・「千羽鶴秘帖」の八尋不二のオリジナル・シナリオを、「お嬢吉三」の田中徳三が監督した娯楽時代劇。撮影は「千羽鶴秘帖」の武田千吉郎が担当。
 出演は「お嬢吉三」「桃太郎侍(1957)」の市川雷蔵、「化け猫御用だ」の中田ダイマルと中田ラケット、「炎上」の中村玉緒など

↓「濡れ髪三度笠」のビデオ

濡れ髪三度笠

参考:「濡れ髪三度笠」の解説、当時のポスター、映像写真等→ RAIZO FAN-Net

参考:市川雷蔵についてはNO.20「好色一代男」を参照して下さい。

<「濡れ髪」と言えば>
 市川雷蔵「濡れ髪シリーズ」詳しくは→RAIZO FAN-Net 

「濡れ髪剣法」:1958年 監督: 加戸敏 (松平家の若殿様・源之介。許婚の前でその近習に剣技で負けた彼は、腕をみがくために旅に出る…)

濡れ髪剣法

「濡れ髪喧嘩旅」:1960年 監督: 森一生(勘定奉行・遠山金八郎は、悪代官の不正摘発の命を受けて旅に出る。道中で美人局にひっかかった金八郎は、その場を助けてくれたおさらば伝次という男と意気投合する・・・)(VIDEO INSIDER JAPAN」データベースより)

濡れ髪喧嘩旅

「濡れ髪牡丹」:1961年 監督: 田中徳三(3000人の子分を引き連れている女親分・おもん。そんな彼女が結婚しようと婿選びを始めるが…)

◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
(今回はお便りがありませんでした)

◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓オススメ映画をお寄せ頂いたお便りです
【浜松 大蔵さんのオススメ「ニューヨーク・ニューヨーク」】
 元気の出たというのとは全然逆なんですが、せつなさが私のお気に入りなのでお便りしてしまいました。ごめんなさい。(浜松 大蔵)

 ☆☆浜松の大蔵さん、お便りありがとうございました。
   「元気の出た映画」というのはどうか気になさらないで下さい。
   それに今回は「に」のつく映画でしたから正解(笑)でしたよ。
   私も「ニューヨーク・ニューヨーク」は、音楽を通じて男と女の関係を「せつなく」現していると思います。
   また貴方の「お気に入り」のお便りをお待ちしております。(映画で元気)

「ニューヨーク・ニューヨーク」(Newyork Newyork)
製作: 1977年 アメリカ ユナイト映画配給
監督:Martin Scorsese マーティン・スコセッシ
出演:Liza Minnelli ライザ・ミネリ  (Francine)
   Robert De Niro ロバート・デ・ニーロ  (Jimmy)
   Lionel Stander ライオネル・スタンダー  (Tony)
   Barry Primus バリー・プリマス  (Paul)
   Mary Kay Place メアリー・ケイ・プレイス  (Bernice)

・愛し合いながらも愛する音楽のため別れなければならない男と女を描く。
 製作はアーウィン・ウィンクラーとロバート・チャートフ、監督は「タクシー・ドライバー」のマーティン・スコセッシ、脚本はアール・マックローチとマルディク・マーティン、原案はE・M・ローチ、撮影はラズロ・コヴァックス、音楽はジョン・カンダーとフレッド・エッブ、音楽監督・指揮はラルフ・バーンズ、振付はロン・フィールド、演奏指導はジョージー・オールド、衣裳はセオドア・ヴァン・ランクル、ヘア・デザインはシドニー・ギラロフが各々担当。
 出演はライザ・ミネリ、ロバート・デ・ニーロ、ライオネル・スタンダー、バリー・プリマス、メアリー・ケイ・プレイス、ジョージー・オールドなど。
↓「ニューヨーク・ニューヨーク」のDVD

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2006年8月11日 (金)

NO.46「に」のつく元気になった洋画「ニッケルオデオン」

「ニッケルオデオン」

<元気コメント>
 こうして私の好きな映画という一つの文化が立ち上げられていったと思うと、ご苦労された先達に感謝したい気持ちでいっぱいになります。  

<あらすじ>
 1910年頃のシカゴ。
 民事裁判所で離婚訴訟に負けてほうほうのていで逃げ出して来た若き弁護士のレオ・ハリガン(ライアン・オニール)。
 その途中、喧嘩に出くわして首を突っ込むとそこは映画の世界、活動屋たちの巣窟のひとつキネグラフ社。
 社主のH・H・コッブ(ブライアン・キース)にスパイと間違えられたハリガンは汗だくの弁明。
 それもその筈、大資本の活動屋にとって隆盛を誇る映画産業に、雨後のたけのこのように群らがる不逞の輩はしゃくの種、ありとあらゆる妨害活動に出てくるのだ・・・(goo映画案内より)

<データ>
 「ニッケルオデオン」(Nickelodeon)
 製作:1976年  アメリカ  日本ヘラルド配給
 監督:Peter Bogdanovich ピーター・ボグダノヴィッチ
 出演:Ryan O'Neal ライアン・オニール  (Leo Taylor Harrigan)
    Burt Reynolds バート・レイノルズ  (Thomas Buck Greenway)
    Tatum O'Neal テイタム・オニール  (Alice Forsyte)
    Brian Keith ブライアン・キース  (H. H. Cobb)
    Stella Stevens ステラ・スティーヴンス  (Marty Reeves)

・ アメリカの映画草創期に生きた人間たちの映画に託した夢と人生を描く。
  製作はアーウィン・ウィンクラーとロバート・チャートフ、監督は「ペーパー・ムーン」のピーター・ボグダノヴィッチ、脚本はW・D・リクターとボグダノヴィッチ、撮影はラズロ・コヴァックス、音楽はリチャード・ハザードが担当。
  スタント監修を現在は監督に転向しているハル・ニーダムが手掛けている。

↓「ニッケルオデオン」のDVD

参考:ニッケルオデオン
 ニッケル・オデオン=入場料が5セントで入れる常設映画館(5セントニッケル銅貨にギリシャ語の劇場を意味するオデオンをつけた造語)
 1900年代初期当時、上流階級は、演劇を鑑賞していたが、演劇の高い入場料が払えない庶民、英語のわからない移民(当時は無声映画)は、ニッケル・オデオンに娯楽を求めた。

参考:関連映画史
 (映画の発明)   
 1893年、アメリカのエジソンが自動映像販売機(映写機)キネトスコープを一般公開。
 さらに、フランスのリュミエール兄弟がシネマトグラフ・リュミエールという、現在のカメラや映写機と基本的な機構がほぼ同じ複合機(カメラ+映写機+プリンター)を開発し、1895年3月にパリで開催された科学振興会で公開。
 同年12月28日にパリのカフェで有料の試写会を開いた。
 リミュエールらが公開した世界最初の映画は、駅のプラットフォームに蒸気機関車がやってくる情景をワンショットで撮したもの(「列車の到着」)や、自分が経営する工場から仕事を終えた従業員達が出てくる姿を映したもの(「工場の出口」)など、計12作品。
 いずれも上映時間数分のショートフィルムだった。

(映画製作) 
 1902年に、世界で初めて物語構成を持ち、複数のシーンで構成された映画『月世界旅行』がフランスで制作される。
 監督は元来マジシャンで、世界で最初の職業映画作家でもあるジョルジュ・メリエス。この作品は、初のSF映画である。
 翌年の1903年にアメリカでも、エドウィン・ポーター監督による物語性のある作品『大列車強盗』が制作・公開される。
 この作品において、初めてクロスカッティングが用いられた。
 また、本作品は初の西部劇でもある。

(アメリカの映画専門館)
 それまで映画は、巡回興行師がフィルムを持って各地の遊園地・ミュージックホール・テントショーで上映していた。 
 1902年トーマス・L・タリーがロサンゼルスのサウス・メイン街に映画専門館エレクトリック・シアターを開設。(席数200、入場料は10セント)
 以後は、ペニーアーケード(1ペニーで遊べる)やニッケルオデオンの開設が進んだ。
 初期の映画産業をリードした人々は、これらの常設映画館の経営からスタートしている。

(ハリウッドへ)    
 メジャーになりつつあった映画制作会社からの制約や支配を嫌い、またニッケルオデオンで消費されるだけのショートフィルムに飽きたらずに新しい表現を求めた若い映画人達が西海岸に移住し、映画都市・ハリウッドが形成され始める。
 アメリカの映画監督であるD・W・グリフィスが、『國民の創生(1915年)』『イントレランス(1916年)』『散り行く花(1919年)』等により、クローズアップ等の様々な映画技法(映画文法とも呼ばれる)を発明し、今日的な意味における映画の原型を完成させる。
 このことによりグリフィスは後に「映画の父」と呼ばれるようになる。
   (フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より一部引用)

参考:ピーター・ボグダノヴィッチ監督
 (Peter Bogdanovich,1939年7月30日 - )はアメリカ合衆国ニューヨーク州出身の映画監督。
 子供の頃から映画狂で、年に400本見たこともあったという。
 1950年代にはステラ・アドラーの下で演技を学び、舞台やテレビに出演。
 その後、映画批評を書いたりオフ・ブロードウェイを手がけ、1968年に映画監督としてデビュー。
 1971年の「ラスト・ショー」でアカデミー監督賞にノミネートされる。
 主な監督作品
 「ラスト・ショー」 The Last Picture Show (1971)

ラスト・ショー

 「おかしなおかしな大追跡」 What's Up, Doc? (1972)

おかしなおかしな大追跡 

 「ペーパー・ムーン」 Paper Moon (1973)

 「ブロンドと柩の謎」 The Cat's Meow (2001)
ブロンドと柩の謎         (フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)

<「ニッケルオデオン」と言えば>
★出演にライアン・オニールとテイタム・オニールの親子コンビ
 と言えば1930年代の禁酒法時代、本当の親娘かどうか判らない男と少女の陽気なペテン旅行を描いた映画「ペーパームーン」を思い出しませんか。
 「ペーパームーン」でテイタム・オニールは史上最年少アカデミー賞を獲得。
 「ペーパー・ムーン」
  製作:1973年 パラマウント映画=CIC配給

iconicon

★映画の都ハリウッドへ
 ユニバーサルスタジオ・ハリウッドへ行く
iconicon
 アメリカまで大変という方は、ユニバーサルスタジオ・ジャパンへ

ユニバーサル・スタジオ・ジャパンTM

◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
↓NO.45「二十四の瞳」をご覧になってお寄せ頂いたお便りです
【8/7(月)何度も泣いてしまいました】
 あまり小豆島のことはよく知らないのですが、今回初めてこの映画を見て何度も泣いてしまいました。
 あの子供達の無邪気さと戦争が怖いくらいに重なって見えます。(盛岡 小川)

 ☆☆盛岡の小川さん、お便りありがとうございました。
   先生を慕う子供達の姿が本当に生き生きとしていましたね。
   またのお便りをお待ちしております。 (映画で元気)

◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓オススメ映画をお寄せ頂いたお便りです
【港区 大和田さんのオススメ「日本のいちばん長い日」】
 その日8/15には、死んだ父の話によれば、たくさんの軍人の方々が皇居に向かって自決されたとのことでした。
 いくら戦争はいやだと思ってもその渦中にあった場合自分はどうしたでしょうか。
 そんなことを考えさせられる作品だと思います。(港区 大和田)

 ☆☆港区大和田さん、オススメ作品のお便りありがとうございました。
   当時を実体験をされたお父様のお話は貴重ですね。
   私も映画は歴史の一面を教えてくれるところがあると思います。
   またのお便りをお待ちしております。(映画で元気)

「日本のいちばん長い日」
製作:1967年 東宝
監督:岡本喜八 オカモトキハチ
原作:大宅壮一 オオヤソウイチ
出演:宮口精二 ミヤグチセイジ  (東郷外務大臣)
   戸浦六宏 トウラロクヒロ  (松本外務次官)
   笠智衆 リュウチシュウ  (鈴木総理)
   山村聡 ヤマムラソウ  (米内海相)
   三船敏郎 ミフネトシロウ  (阿南陸相)

・大宅壮一が当時の政治家宮内省関係、元軍人や民間人から収録した実話を編集した同名原作(文芸春秋社刊)を、「上意討ち -拝領妻始末-」の橋本忍が脚色し、「殺人狂時代」の岡本喜八が監督した終戦秘話。
 撮影は「喜劇 駅前競馬」の村井博

↓「日本のいちばん長い日」のDVD

↓「日本のいちばん長い日」のDVDレンタル

iconicon

↓「日本のいちばん長い日」映画原作小説
  

日本のいちばん長い日

◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓オススメ映画をお寄せ頂いたお便りです
【大凪さんのオススメ「肉弾」】
 戦争とは実にばかげたことだ。
 この作品がいい例だ。(大凪)

 ☆☆大凪さん、オススメ作品のお便りありがとうございました。
   実は別の方から同じ岡本喜八監督作品の戦争映画「日本のいちばん長い日」のオススメがあったのですが、こちらはご覧になられたでしょうか。
   またのお便りをお待ちしております。(映画で元気)

「肉弾」(ニクダン)
製作:1968年 ATG
監督:岡本喜八 オカモトキハチ
出演:寺田農 テラダミノリ  (あいつ)
   大谷直子 オオタニナオコ  (少女)
   天本英世 アマモトヒデヨ  (父)
   笠智衆 リュウチシュウ  (古本屋の爺さん)
   北林谷栄 キタバヤシタニエ  (古本屋の姿さん)

・「日本のいちばん長い日」の岡本喜八が脚本・監督を担当したもう一つの“日本のいちばん長い日"。
 撮影は「北穂高絶唱」の村井博が担当した。

↓「肉弾」のDVD

↓「肉弾」のDVDレンタル

iconicon

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月 4日 (金)

NO.45「に」のつく元気になった邦画「二十四の瞳」

「二十四の瞳」 (ニジュシノヒトミ)

<元気コメント>
 戦前・戦中・戦後まもなくという時代を知らない私にとって、当時のリアルドラマが、生き残った者、後へ続く者としての生きることの大切さ教えてくれました。

<あらすじ>
 昭和三年四月、大石久子は新任のおなご先生として、瀬戸内海小豆島の分校へ赴任した。
 一年生の磯吉、吉次、竹一、マスノミサ子、松江、早苗、小ツル、コトエなど十二人の二十四の瞳が、初めて教壇に立つ久子には特に愛らしく思えた。
 二十四の瞳は足を挫いて学校を休んでいる久子を、二里も歩いて訪れてきてくれた・・・(goo映画案内より)

<データ>
「二十四の瞳」
製作:1954年 松竹
監督:木下恵介 キノシタケイスケ
原作:壷井栄 ツボイサカエ
出演:高峰秀子 タカミネヒデコ  (大石久子)
    天本英世 アマモトヒデヨ  (大石久子の夫)
    八代敏之 ヤシロトシユキ  (久子の子大吉)
    木下尚寅 キノシタナオトラ  (久子の子八津)
    夏川静江 ナツカワシズエ  (久子の母)
    笠智衆 リュウチシュウ  (分教場の男先生)
    浦辺粂子 ウラベクメコ  (男先生の奥さん)
    明石潮 アカシウシオ  (校長先生)
    高橋豊子 タカハシトヨコ  (小林先生)
    小林十九二 コバヤシトクジ  (松江の父)
    草香田鶴子 クサカタヅコ  (松江の母)
    清川虹子 キヨカワニジコ  (よろずやのおかみ)
    高原駿雄 タカハラトシオ  (小ツルの父)
    浪花千栄子 ナニワチエコ  (飯屋のかみさん)
    田村高廣 タムラタカヒロ  (岡田磯吉)
    郷古仁史 ゴウコヒトシ  (岡田磯吉(本校時代))
    郷古秀樹 ゴウコヒデキ  (岡田磯吉(分校時代))
    三浦礼 ミウラレイ  (竹下竹一)
    渡辺四郎 ワタナベシロウ  (竹下竹一(本校時代))
    渡辺五雄 ワタナベイツオ  (竹下竹一(分校時代))
    戸井田康国 トイダヤスクニ  (徳田吉次)
    宮川純一 ミヤカワジュンイチ  (徳田吉次(本校時代))
    宮川真 ミヤカワマコト  (徳田吉次(分校時代))
    大槻義一 オオツキヨシカズ  (森岡正)
    寺下隆章 テラシタタカアキ  (森岡正(本校時代))
    寺下雄朗   (森岡正(分校時代))
    清水龍雄 シミズタツオ  (相沢仁太)
    佐藤武志 サトウタケシ  (相沢仁太(本校時代))
    佐藤国男 サトウクニオ  (相沢仁太(分校時代))
    月丘夢路 ツキオカユメジ  (香川マスノ)
    石井シサ子 イシイシサコ  (香川マスノ(本校時代))
    石井裕子 イシイユウコ  (香川マスノ(分校時代))
    篠原都代子 シノハラトヨコ  (西口ミサ子)
   小池章子 コイケアキコ  (西口ミサ子(本校時代))
   小池泰代 コイケヤスヨ  (西口ミサ子(分校時代))
   井川邦子 イガワクニコ  (川本松江)
   草野貞子 クサノサダコ  (川本松江(本校時代))
   草野節子 クサノセツコ  (川本松江(分校時代))
   小林トシ子 コバヤシトシコ  (山石早苗)
   加瀬香代子 カセカヨコ  (山石早苗(本校時代))
   加瀬かを子 カセカヲコ  (山石早苗(分校時代))
   田辺南穂子 タナベナホコ  (加部小ツル(本校時代))
   田辺由実子 タナベユミコ  (加部小ツル(分校時代))
   尾津豊子   (山下富士子(本校時代))
   神原いく子 カンバライクコ  (山下富士子(分校時代))
   永井美子 ナガイヨシコ  (片桐コトエ)
   上原雅子 ウエハラマサコ  (片桐コトエ(本校時代))
    上原博子 ウエハラヒロコ  (片桐コトエ(分校時代))

・「女の園」に次ぐ木下恵介監督作品。
 壷井栄の原作を同監督自身が脚色している。
 撮影も「女の園」の楠田浩之、音楽は「三つの愛」の木下忠司。
 出演者は「女の園」の高峰秀子、田村高廣、天本英世、「昨日と明日の間」の月丘夢路「陽は沈まず」の小林トシ子、笠智衆など(goo映画案内より)

↓「二十四の瞳」のDVD

↓「二十四の瞳」のDVDレンタル

iconicon

↓「二十四の瞳」映画原作小説
 「二十四の瞳」著:壷井栄 新潮社

二十四の瞳

参考:壺井 栄(つぼい さかえ、女性、1899年8月5日-1967年6月6日)
 作家・詩人。香川県小豆島の坂手村(現在の小豆島町)出身。
 夫は詩人の壺井繁治。
 26歳で結婚後の1938年、処女作である「大根の葉」を発表後数多くの作品を執筆。
 芸術選奨文部大臣賞を始め、新潮文芸賞・児童文学賞などを受賞。
 1952年に発表された「二十四の瞳」は1954年に木下恵介監督・高峰秀子主演で映画化され、小豆島の名を全国に知らしめた。

参考:母性の作家”壷井栄とは?
わたしの愛した子どもたち―二十四の瞳 壷井栄物語 著:滝 いく子
 いまも人びとの胸にあたたかく灯り、読みつがれている感動の名作『二十四の瞳』。
 戦前・戦中・戦後とあらしの時代を生きて、子どもたちへの深い愛を謳った“母性の作家”壷井栄の生涯

<「二十四の瞳」と言えば>
★再映画化・ アニメ化・ドラマ化

映画「二十四の瞳」
製作:1987年松竹
監督:朝間義隆 アサマヨシタカ
出演:田中裕子 タナカユウコ  (大石久子)
武田鉄矢 タケダテツヤ  (大石正吉)
紺野美沙子 コンノミサコ  (マスノ(26歳))
川野太郎 カワノタロウ  (磯吉(26歳))
佐々木すみ江 ササキスミエ  (大石民)

二十四の瞳

テレビ番組(5はテレビアニメ、それ以外はテレビドラマ)
1.1964年4月17日-7月10日に東京12CH(現テレビ東京)において放送されたテレビドラマ。主演は香川京子。
2.1967年10月19日-1968年3月28日にテレビ朝日系列において放送されたテレビドラマ。主演は亀井光代。
3.1974年11月11日-20日にNHKにおいて少年ドラマシリーズで放送されたテレビドラマ。主演は杉田景子。1976年1月5日-14日に第二部が放送された。
4.1979年7月9日-8月31日にTBSにおいて花王愛の劇場で放送されたテレビドラマ。主演は島かおり。
5.1980年10月10日にフジテレビ系列において日生ファミリースペシャルとして放送されたテレビアニメ。声の出演は倍賞千恵子、岡本茉莉、戸田恵子ら。
6.2005年8月2日に日本テレビ系列において終戦60周年特別ドラマとして放送されたテレビドラマ。主演は黒木瞳。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
  ドラマ「二十四の瞳」
   製作:2005 日本テレビ/よみうりテレビ放映 
   監督:大原誠   
   出演:黒木瞳   
     渡部篤郎   
     小林稔侍   
     八千草薫   
     柄本明   

★映画のシナリオは?
「シナリオ 二十四の瞳」  壺井 栄 新潮社
瀬戸の小島の分教場に赴任して来たおなご先生と12人の教え子たちの胸に迫る師弟愛を、郷土色豊かな抒情の中に謳いあげた名作「二十四の瞳」。
 戦争という不可抗力に圧し潰されながらも懸命に生きる女教師と生徒たちを描いたこの作品は、昭和29年、名匠・木下恵介により映画化され空前のヒットをとばし、“ヒトミ・ブーム”という言葉さえ生んだ。
 再映画化に応えて贈る不朽の名シナリオ。

シナリオ 二十四の瞳

★映画の子役だった"小ツル"
「瞳からの旅立ち―映画『二十四の瞳』の子役小ツルが綴る、その後の四十年」 著:大河内 南穂子  四国新聞社
 映画「二十四の瞳」が全国民の感動を呼んでから40年。
 あのときの映画の子役"小ツル"はカナダで健在だった。
 生涯の思い出として感動を守り継いでいる小ツルと瞳たちの貴重な記録。

瞳からの旅立ち―映画『二十四の瞳』の子役小ツルが綴る、その後の四十年

★映画の舞台へ行こう
 小豆島「ひとみ荘」

iconicon

Gunzou2 二十四の瞳 平和の群像の真横

Osk200607080010 バーチャルトリップ小豆島 

◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
↓NO.44「ナチュラル」をご覧になってお寄せ頂いたお便りです
【7/30(日)大きなライトが飛び散るシーンが】
  映画の途中もそれなりに感動するシーンが多くありましたが、ラストのホームランで球場の大きなライトが飛び散るシーンが最高でした。(岐阜 中川)

 ☆☆岐阜の中川さん、お便りありがとうございました。
   ホッブスのホームランが球場の大時計に当る場面もありましたが、ライトを割ってのあのシーンはまるで花火のようでしたね。
   またのお便りをお待ちしております。 (映画で元気)

◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓オススメ映画をお寄せ頂いたお便りです
【石綿さんのオススメ「ナバロンの要塞」】
 マリアが裏切りを知り同志のアンナを殺してしまうシーン、怪我をした隊長を置き去りにしたことを部下に責められるシーンなどアクションの激しい戦争映画ながら人間の尊厳を語っている映画だと思います。(石綿)
 
☆☆石綿さん、お便りありがとうございました。
  つい激しい敵の攻撃をかわしたり、砲台の爆破等のバイオレンスなシーンに目がいってしまうのですが、ご指摘の通りヒューマンなドラマが随所に見かけられますね。
  またのオススメ映画のお便りをお待ちしております。(映画で元気)

「ナバロンの要塞」(The Guns of Navarone)
製作:1961年 アメリカ コロムビア配給
監督:J. Lee Thompson J・リー・トンプソン
原作:Alistair MacLean アリステア・マクリーン
出演:Gregory Peck グレゴリー・ペック  (Mallory)
David Niven デイヴィッド・ニーヴン  (Miller)
Anthony Quinn アンソニー・クイン  (Andrea)
Stanley Baker スタンリー・ベイカー  (Brown)
Anthony Quayle アンソニー・クェイル  (Franklin)

・第二次大戦下におけるエーゲ海域でのイギリス軍とドイツ軍の戦いを描いた戦争映画。
 アリスティア・マックリーンの小説をカール・フォアマンが脚色、「北西戦線」のJ・リー・トンプソンが監督に当たった。
 撮影はオズワルド・モリス。音楽はディミトリ・ティオムキン。
 出演するのはグレゴリー・ペック、デヴィッド・ニヴン、アンソニー・クイン、スタンリー・ベーカー、イレーネ・パパス、ジェームズ・ロバートソン・ジャスティススなど。(goo映画案内より)
 製作カール・フォアマン。

↓「ナバロンの要塞」のDVD

↓「ナバロンの要塞」のDVDレンタル

iconicon

↓「ナバロンの要塞」原作本 著:アリステア・マクリーン 早川書房

【お江戸のランプさんのオススメ「ナイアガラ」】
 ナイアガラの大滝とモンローウォークが最高!(お江戸のランプ)

 ☆☆お江戸のランプさん、お便りありがとうございました。
   貴方も男達を惑わせる妖艶な悪女役にすっかり魅了されたようですね。
   またのオススメ映画のお便りをお待ちしております。(映画で元気)

「ナイアガラ」(Niagara)
製作:1953年 アメリカ  20世紀フォックス極東配給
監督:Henry Hathaway ヘンリー・ハサウェイ
出演:Marilyn Monroe マリリン・モンロー  (Rose Loomis)
Joseph Cotten ジョゼフ・コットン  (George Loomis)
Jean Peters ジーン・ピータース  (Polly Cutler)
Casey Adams ケイシー・アダムス  (Ray Cutler)
Denis O'Dea デニス・オディア  (Inspector Starakey)

・「サンセット大通り」のチャールズ・ブラケットが製作し、「砂漠の鬼将軍」のヘンリー・ハサウェイが監督したテクニカラーのメロドラマ、1953年作品。脚本は製作者のブラケット、「美女ありき」のウォルター・ライシュ、「歌う捕物帖」のリチャード・ブリーンの3人、撮影は「革命児サパタ」のジョー・マクドナルド、作曲は「狙われた駅馬車」のソル・カプランの担当。
 主演は「第3の男」のジョセフ・コットン、いま売り出しのマリリン・モンロウ「イヴの総て」、「革命児サパタ」のジーン・ピータースで、ケイシー・アダムス「栄光何するものぞ」、デニス・オディア「邪魔者は殺せ」、リチャード・アラン「キリマンジャロの雪」らが助演する。

↓「ナイアガラ」のDVD

↓「ナイアガラ」のDVDレンタル

iconicon

| | コメント (0) | トラックバック (2)

« 2006年7月 | トップページ | 2006年9月 »