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2006年7月28日 (金)

NO.44「な」のつく元気になった洋画「ナチュラル」

「ナチュラル」

<元気コメント>
 一度は、不慮の事故で自分の望んだ世界に入ることを断念せざるを得なかったが、歳を重ねて復活し、みせる意地の男。
 たった一度の交わりで宿した愛する男の子供を秘めやかに育てる女。

<あらすじ>
 1918年の春。
 ネブラスカの静かな草原。
 そこにはキャッチ・ボールをする父と子の姿があった。
 農民のエドは妻を亡くした後、幼いロイをずっとコーチし続けてきた。
 彼は生まれついての天才児で、投・打・守備のどれをとっても大リーグ並みのプレーをしていた。
 そんなロイの姿を幼なじみのアイリスは優しいまなざしでみつめていた。
 父親の死後、ロイは雷で2つに裂けた樫の木を削って手製のバットを作った。
 そして稲妻マークを刻み込み、そのバットをワンダーボーと名付けた。
 それから6年が過ぎ、20歳になったロイ(ロバート・レッドフォード)は、将来を誓い合ったアイリス(グレン・クロース)に別れを告げ、スカウトマン、サムと共に街を出た。
 キャンプに向かう夜行列車の中で・・・(goo映画案内より)

<データ>
「ナチュラル」(The Natural)

製作: 1984年 アメリカ コロムビア映画配給
監督:Barry Levinson バリー・レヴィンソン
原作:Bernard Malamud バーナード・マラムード
出演:Robert Redford ロバート・レッドフォード  (Roy Hobbs)
   Robert Duvall ロバート・デュヴァル  (Max Mercy)
   Glenn Close グレン・クロース  (Iris Gaines)
   Kim Basinger キム・ベイシンガー  (Memo Paris)
   Wilford Brimley ウィルフォード・ブリムリー  (Pop Fisher)

・ プロ野球の選手を志した男の半生を描く野球映画。
 エグゼクティヴ・プロデューサーはロジャー・タウンとフィリップ・M・ブリーン、製作はマーク・ジョンソン、アソシエイト・プロデューサーはロバート・F・コールズベリー。
 監督は「ダイナー」のバリー・レヴィンソン、バーナード・マラムードの原作(『奇跡のルーキー』早川書房刊)をロジャー・タウンとフィル・ダッセンベリーが脚本化。
 撮影はカレブ・デシャネル、音楽はランディ・ニューマン、編集はステュー・リンダー、プロダクション・デザイナーはアンジェロ・グラハムとメル・ボーン、衣裳はバーニー・ポラックが担当。
 出演はロバート・レッドフォード、ロバート・デュヴァル、グレン・クロース、キム・ベイシンガー、ウィルフォード・ブリムリー、バーバラ・ハーシーなど。
 日本版字幕は戸田奈津子。(goo映画案内より)

↓「ナチュラル」のDVD

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参考:大リーグ
   「大リーグ」の呼称はメジャーリーグの別名「ビッグリーグ (Big League) 」の訳語である。
   メジャーリーグベースボール(Major League Baseball、MLB)とは、アメリカ合衆国(29チーム)及びカナダ(1チーム)の30球団により編成されるプロ野球リーグのこと。
   
   アメリカンリーグとナショナルリーグからなり、2006年現在全30球団がある。
   球団数は1901年から1960年までは16球団だったが、1961年に18球団に増えたのを皮切りに、20→24→26→28と増え、現在の30球団になったのは1998年のことである。
   地区制度は1969年にまず2地区制で導入され、1994年からは3地区制になった。

   アメリカンリーグの西地区が4球団で少ないため増やそうという話があったが、試合を構成する上で総球団数を偶数にせざるを得ないため(偶数でないと全球団で同じ日に試合を行うという構成にする事ができない)、他に同じような動きがないために現在の所保留されているという話である。
   リーグ優勝チーム同士のシリーズ試合(優勝決定戦)はワールド・シリーズと呼ぶ。
   
   メジャーリーグベースボール機構では、アメリカ合衆国やカナダ以外での公式戦開催を積極的に推進しており、日本では2000年と2004年に公式戦開幕シリーズを東京ドームで開催した。
   (2003年にも予定されていたが、イラク戦争の影響で中止となってしまった。)

   なおメジャーリーグベースボール傘下にないプロ野球球団の作るリーグを独立リーグという。
   かつてはメジャーリーグベースボールのほかに黒人リーグがあったが、現在は廃止されている。
   また1914年~1915年には、フェデラル・リーグも存在した。
   
   国外からの参加は2005年にモントリオールエキスポス(カナダ)がワシントンD.C.に本拠を移転し「ワシントン・ナショナルズ」となったため、現状はトロント・ブルージェイズ(同じくカナダ)の1球団のみとなった。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)

<大リーグと言えば>
★大リーグ映画を貴方に
「ベースボール・ボックス」

“ベースボール”をテーマに、ケヴィン・コスナー主演作『ラブ・オブ・ザ・ゲーム』『フィールド・オブ・ドリームスーコレクターズ・エディションー』『ナチュラルーナチュラル・エディションー』『さよならゲーム』の4タイトルを収録した初回限定生産BOX

「野球映画(ベースボール・ムービー)」
著:田沼 雄一 小学館
読んだら見たくなる!映画と野球に熱愛。
「映画」と「野球」。フツーのテーマがこんなに面白い本になってしまった。
アメリカ映画に描かれたベースボール。
ストーリー、風景、セリフ、衣装…。
著者はどんなに細かいシーンも決して見逃がさない。(出版社 / 著者からの内容紹介)
目次
1回 はしがき―『駅馬車』と江川卓の夏
2回 ボールパークの伝説のプレーヤー
3回 ベースボール・ムービーは永遠に
4回 アメリカ映画のメジャーリーグ
5回 ボールの行方はボールに訊けっ!
6回 僕たちのボールパーク
7回 セブンス・イニング・ストレッチ
8回 とうもろこし畑のキャッチボール
9回 あとがき

★大リーグを観よう
本「大リーグ観戦ガイド」

「地球の歩き方」編集室 ダイヤモンドビッグ社
目次
・SPECIAL GRAVURE 8大リーグを彩ってきたサムライたち
・これがメジャー30球団だ
・ベースボールゆかりの地を訪ねて
・大リーグ観戦準備編

大リーグ観戦ツアーで

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★まだあの感動が
DVD「2006 WORLD BASEBALL CLASSIC 日本代表 栄光への軌跡」

2006 WORLD BASEBALL CLASSICの優勝記念DVDがリリース決定!!
16の国と地域が参加した野球の世界一を決める初の国際大会"2006 WORLD BASEBALL CLASSIC
記念すべき日本代表の世界王者への軌跡と興奮がDVDで蘇る!
本作品は、予選、本選から優勝までの日本戦全8試合の軌跡をダイジェストでまとめたオフィシャルDVD。
熱きコメントが生まれた記者会見や試合後のインタビューなども収録。
「今度のWBCで、戦った相手が"向こう30年は日本に手は出せないな"という感じで勝ちたいと思う。」というコメントをはじめとする数々のイチロー語録、記録的大勝の中国戦、アメリカ戦でのデービッドソン球審の「世紀の大誤審騒動」、2連敗の韓国との準決勝、決勝キューバ戦・川崎選手の絶妙なスライディング"神の手"、そして栄光の世界王者へ。まさに王ジャパンの波瀾と挫折の末にたどり着いた"栄光への軌跡"を完全網羅した永久保存版DVDです。

◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
↓NO.43「南極物語」をご覧になってお寄せ頂いたお便りです
【7/24(月)暑い時に氷山を見るのっていいですね】
 今年も暑くなりそうですが、そんな時目の前に氷山が近寄ってくる姿はとても涼しげです。
 すみません。なんだか中身が無い話で。
 でも、私にとってはそうなんです。(沖縄 知念)

 ☆沖縄の知念さん、お便りありがとうございました。
  映画から受ける印象は人それぞれだと思います。
  それに常夏の沖縄を思うと東京の私より氷に対する感覚も違うのでしょうね。 
  また涼しいお便りをお待ちしております。 (映画で元気)

◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓オススメ映画をお寄せ頂いたお便りです
【長野 大熊さんのオススメ「楢山節考」】
 最初は場所の設定を長野としたことに抵抗がありましたが、今ではほこりをもってお勧めしたい映画です。
 追伸 「楢山節考」は二本あるそうですが、まだ古い方は観ていません。(長野 大熊)

 ☆長野 大熊さん、お便りありがとうございました。
  同じ県内のこととなるとやはり関心の高さが違うようですね。
  1958年松竹製作木下恵介監督作品もご覧になりましたらお便りをお願いします。(映画で元気)

「楢山節考」(ナラヤマブシコウ)
製作:1983年 東映
監督:今村昌平 イマムラショウヘイ
原作:深沢七郎 フカザワシチロウ
出演:緒形拳 オガタケン  (辰平)
   坂本スミ子 サカモトスミコ  (おりん)
   あき竹城 アキタケジョウ  (玉やん)
   倉崎青児 クラサキセイジ  (けさ吉)
   高田順子 タカダジュンコ  (松やん)

・ 信州の山深い寒村を舞台に、死を目前にした人間の生き方を描く。
 深沢七郎の同名小説と「東北の神武たち」の映画化で、脚本・監督は「ええじゃないか」の今村昌平、撮影は栃沢正夫がそれぞれ担当。(goo映画案内より)

「楢山節考(1983年 東映版)↓」のDVD

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「楢山節考」(ナラヤマブシコウ)
製作:1958年 松竹
監督:木下恵介 キノシタケイスケ
原作:深沢七郎 フカザワシチロウ
出演:田中絹代 タナカキヌヨ  (おりん)
   高橋貞二 タカハシテイジ  (辰平)
   望月優子 モチヅキユウコ  (玉やん)
   市川団子   (けさ吉)
   小笠原慶子 オガサワラケイコ  (松やん)

・中央公論新人賞を受賞した深沢七郎の同名小説の映画化。
 脚色、監督は「風前の灯」の木下恵介、撮影も同じく「風前の灯」の楠田浩之が担当した。
 主演は「悲しみは女だけに」の田中絹代、望月優子、「その手にのるな」の高橋貞二、その他東野英治郎、宮口精二、伊藤雄之助などのベテラン。(goo映画案内より)

「楢山節考(1958年 松竹版)↓」のDVD

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映画原作小説
「楢山節考」→ 楢山節考

著:深沢 七郎 新潮社

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2006年7月21日 (金)

NO.43「な」のつく元気になった邦画「南極物語」

「南極物語」(なんきょくものがたり)

<元気コメント>
 人間の夢、好奇心を叶えてくれる極限の大自然に、直接触れてその謎をつかもうとする意欲、努力、気力に脱帽。

<あらすじ>
 昭和三十三年二月、南極の昭和基地から第一次越冬隊員が第二次隊員と交替すべく観測船“宗谷"へと“昭和号"で空輸された。
 だが、例年にない悪天候のため第二次隊員は昭和基地へは飛ばず、第二次越冬は中止と決定した。
 犬係の潮田と越智は、基地に残された十五匹の犬を救うべく“昭和号"を飛ばしてくれるよう小沢隊長に食いさがったが、満身創庚の“宗谷"には、これ以上南極の海にとどまる力はなかった・・・(goo映画案内より)

<データ>
「南極物語」
製作:1983年 日本 ヘラルド=東宝配給
監督:蔵原惟繕 クラハラコレヨシ
出演:高倉健 タカクラケン  (潮田暁)
   渡瀬恒彦 ワタセツネヒコ  (越智健二郎)
   岡田英次 オカダエイジ  (小沢隊長)
   夏目雅子 ナツメマサコ  (北沢慶子)
   荻野目慶子 オギノメケイコ  (志村麻子)

・ 南極観測隊が悪天候に阻まれ、やむなく南極の地に置き去りにしてきた十五匹のカラフト犬の生への闘いと、観測隊員たちの姿を描く。
 脚本は「人生劇場(1983)」の野上龍雄、「色ざんげ(1983)」の佐治乾、「暗室」の石堂淑朗、「キタキツネ物語 THE_FOX_IN_THE_QUEST_OF_THE_NORTHERN_SUN」の蔵原惟繕の共同執筆。
 監督は「青春の門 自立篇(1982)」の蔵原惟繕、撮影は「キタキツネ物語 THE_FOX_IN_THE_QUEST_OF_THE_NORTHERN_SUN」の椎塚彰がそれぞれ担当。

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参考:南極地域観測隊(なんきょくちいきかんそくたい)
 南極大陸の天文・気象・地質・生物学の観測を行うために日本が南極に派遣する調査隊の名称。通常は南極観測隊と呼ばれる。
 観測隊は海上自衛隊の保有する南極観測船に乗船し、通常は日本を11月に出発する。
 南極には12月または1月ごろ到着し、昭和基地で観測を行う。
 2月1日に前年の越冬隊と新年の越冬隊が入れ替わる。
 越冬しない部隊は、前年の越冬隊とともに南極観測船で帰還する。
 この間に、越冬隊が1年間に使用する機材や燃料、食料などが昭和基地に運ばれる。
 補給はこの1回のみしか行われない。
 前年の越冬隊が出した廃棄物は観測船に乗せられ、日本に運ばれて処理される。
 帰還は3月末ごろである。越冬隊は出発の翌々年に帰還することになる。
 南極は1月が夏で、比較的近づきやすいため、この時期に隊の入れ替えが行われる。
 第1次隊から交代の季節はほとんど変化していない。
 隊員は全員が何らかの日本政府機関の職員である。
 これは1次隊から変わっていない。
 大学院生などの場合は、臨時に大学教員の身分が与えられる場合がある。
 ただし、かつて南極観測にNHKが加わり、越冬したNHK職員のうち1名が越冬隊員を兼任するという例外があった。

(南極越冬隊) 
 南極越冬隊は、南極地域観測隊のうち、1年間に渡って観測を続ける隊のことである。
 混同されがちであるが、観測隊員全員が越冬するわけではない。
 混乱を防ぐため、越冬しない部隊を「夏隊」、越冬隊を「冬隊」と呼び区別する。
 通常、越冬隊長は観測隊副隊長が兼任する。
 越冬隊は1年に渡って昭和基地またはドームふじ観測拠点で生活をしながら観測を行う。
(昭和基地での生活)
 昭和基地では日本とあまり変わらない生活ができるとされているが、居住棟の割り当ては1人約13m2)(4畳)の部屋1つで、バス・トイレは共同である。
 ただし床暖房が効いており室温は保たれている。
 公衆電話は管理棟にあるが、電話代は隊員が自費で払う。
 バーもあるが、バーテンダーは隊員が当番制で務め、客も日ごとに交代する。
 食事は専任の調理隊員が作っている。冷凍技術の進歩により、食材の種類不足は解消されつつあるが、さすがに後半は生野菜・果物は不足する。
 隊員は基本的に生活に関することは何でも自分で行わなければならない。
 また、複数の業務を兼ねるのも普通である。

(南極地域観測隊の歴史)
 1956年に永田武隊長によって編成された、南極地域観測予備隊(隊員53名)がその創始である。
 この予備隊は、のちに第1次南極地域観測隊と呼称が変更された。
 当初は2次で終了する予定であったがその後延長され、2004年4月現在活動中の観測隊は第45次隊である。
 通常は約60名から編成され、うち約40名が越冬隊員を兼ねる。
 1957年出発の第2次隊は、天候などに阻まれ、越冬を断念した。
 1961年出発の第6次隊は、最初から越冬の予定がなく、昭和基地を閉鎖して帰還した。
 1962年から1964年までは日本は南極地域観測隊を派遣していない。
 1965年出発の第7次隊からは、途切れることなく毎年観測隊が派遣され、毎年越冬も行っている。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)

<「南極物語」と言えば>
★あのバックに流れる音楽が
「南極物語」 [Limited Edition] ~ サントラ
実話を基に、南極越冬隊とその調査に同行したカラフト犬の物語を映画化した83年作品のサウンド・トラック。
1年を生きぬいたタロ&ジロの話で、ヴァンゲリスが南極の自然にあった音楽をつけている
曲目リスト   
1. 「南極物語」メイン・テーマ 
2. 極地のこだま 
3. 生きるための戦い 
4. 白夜の歌 
5. 生命の神秘 
6. 南極の想い出 
7. 未知とロマンの南極 
8. 奇跡の生存 

★タロとジロが
「タロ・ジロは生きていた―南極・カラフト犬物語」 (単行本) 著:藤原 一生 銀の鈴社
無人の昭和基地で一年間、タロとジロの兄弟犬は、おたがいに助け合ってたくましく生き抜いた。
そのニュースは全世界の人々の胸を強く揺さぶった…。
あの感動の名作が帰ってきた!
83年教育出版センター刊の再刊(「MARC」データベースより)

「タロ・ジロの犬教育基本法―「南極物語」のドッグ・トレーナーが明かす名演技の秘密」 (単行本) 著:宮 忠臣  学研 タロ・ジロの犬教育基本法

★新しい南極物語
「南極物語」
『生きてこそ』のフランク・マーシャル監督と、『イントゥ・ザ・ブルー』『父親たちの星条旗』のポール・ウォーカー主演で贈る感動のファミリー・エンターテイメント。
驚異的な嵐の接近により、極寒の地に取り残された8匹の犬たちと、彼らを置き去りにせざるを得なかった人々の苦悩や葛藤を描く。 (「Oricon」データベースより)

★宗谷よりもっと以前に
「極―白瀬中尉南極探検記」 (文庫) 著:綱淵 謙錠  新潮社
20世紀初頭、人類の目は地球最後のフロンティア・南極大陸に注がれた。
極地探検を夢見て40年、白瀬矗中尉はアムンゼン、スコットら世界の一流探検家たちに伍して、木片のような小船で島国日本を後にする―。
明治時代を背景に、未踏の地を目指す情熱のみに支えられた男たちの壮大なロマンと葛藤、そしてそれらすべてを押しつぶしてしまう自然の猛威を描く長編(「BOOK」データベースより) 極―白瀬中尉南極探検記

★南極へ旅行を
例:南極とチリアンフィヨルドクルーズ20日間
誰もが一度は夢見る神秘の大陸 南極への旅。
2万トン級の大型客船での南極クルーズはいかがでしょうか。

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南極への旅一覧icon

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(今回はお便りがありません)

◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓オススメ映画をお寄せ頂いたお便りです
【六日町の大谷さんのオススメ「トップガン」】
 基地や空母から戦闘機が轟音と共に飛び立つ瞬間が一番好きだ。
 戦闘機が標的としてロック・オンされるドッグファイトの息詰まるシーンも見逃せない。
 それになんてったってトム・クルーズがかっこいい。(六日町 大谷)

 ☆☆六日町の大谷さん、お便りありがとうございました。
   戦闘機とトム・クルーズファンの方なのですね。
   「と」にこだわらず、お気にいりの映画のお便りをお待ちしております。(映画で元気)

「トップガン」(Top Gun)
製作:1986年 アメリカ パラマウント=UIP配給
監督:Tony Scott トニー・スコット
出演:Tom Cruise トム・クルーズ  (Maverick)
   Kelly McGillis ケリー・マクギリス  (Charlie)
   Val Kilmer ヴァル・キルマー  (iceman)
   Anthony Edwards アンソニー・エドワーズ  (Goose)
   Tom Skerritt トム・スケリット  (Viper)

・サンディエゴの海軍航空隊基地を舞台に、世界最高のパイロットを養成するエリート学校と別名を“トップガン"と呼ばれる訓練生たちの姿を描く。
 製作はドン・シンプソンとジュリー・ブラッカイマー。
 エグゼクティヴ・プロデューサーはビル・バダラート。
 監督は「ハンガー」のトニー・スコット。
 脚本はジム・キャッシュ、ジャック・エップス・ジュニア、撮影はジェフリー・キンボール、音楽はハロルド・フォルターメイヤーが担当。
 出演はトム・クルーズ、ケリー・マクギリスなど(goo映画案内より)

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↓オススメ映画をお寄せ頂いたお便りです
【戦争映画大好きさんのオススメ「特攻大作戦」】
 「特攻大作戦」は、戦争という舞台設定がなければできない痛快さがあると思う。(戦争映画大好き)

 ☆☆戦争映画大好きさん、お便りありがとうございました。
   ハンドル名からすると戦争映画にお詳しそうですね。
   「と」にこだわらず、お気にいりの映画のお便りをお待ちしております。(映画で元気)

「特攻大作戦」(The Dirty Dozen)
製作:1967年 アメリカ MGM映画配給
監督:Robert Aldrich ロバート・アルドリッチ
原作:E. M. Nathanson E・M・ナサンソン
出演:Lee Marvin リー・マービン  (Major Reisman)
   Ernest Borgnine アーネスト・ボーグナイン  (General Worden)
   Charles Bronson チャールズ・ブロンソン  (Joseph Wladislaw)
   Jim Brown ジム・ブラウン  (Robert Jefferson)
   John Cassavetes ジョン・カサヴェテス  (Victor Franko)
   Richard Jaeckel リチャード・ジャッケル  (Sgt. Bowren)
   George Kennedy ジョージ・ケネディ  (Major Max Armbruster)
   Trini Lopez トリニ・ロペス  (Pedoro Jiminez)
   Ralph Meeker ラルフ・ミーカー  (Captain Stuart Kinder)
   Robert Ryan ロバート・ライアン  (Col. Everett Dasher Breed)
   Clint Walker クリント・ウォーカー  (Samson Posey)

・E・M・ナサンソンのベストセラー小説を「怒りの葡萄」のナナリー・ジョンソンと、「ふるえて眠れ」のルーカス・ヘラーが共同で脚色、「飛べ!フェニックス」のロバート・アルドリッチが監督した戦争もの。
 撮影は「カーツーム」のエドワード・スケイフ、音楽は「テキサス」のフランク・デヴォールが担当。
 出演は「プロフェッショナル」のリー・マーヴィン、「オスカー(1966)」のアーネスト・ボーグナイン、「バルジ大作戦」のチャールズ・ブロンソン、「リオ・コンチョス」のジム・ブラウンほか。
 製作は「丘」のケネス・ハイマン (goo映画案内より)

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2006年7月14日 (金)

NO.42「と」のつく元気になった洋画「ドクトル・ジバゴ」

「ドクトル・ジバゴ」

<元気コメント>
 戦争、革命という嵐の中で、医者として、詩人として、人間を肉体と精神の両面から見つめた生き方に感動をおぼえ元気がわきます。 

<あらすじ>
 19世紀末のロシア。
 ユーリー・ジバゴ(オマー・シャリフ)は、医学の勉強を続けるかたわら詩人としても知られるようになった。
 幼い頃両親を失い、科学者グロメーコにひきとられた彼は、その家の娘トーニャ(ジェラルディン・チャップリン)を愛していた。
 2人の婚約発表のパーティーの日、近所の仕立屋の娘ラーラ(ジュリー・クリスティー)は、弁護士コマロフスキーの誘惑から逃れるため、彼に発砲するという事件を起こした。
 彼女は帝政打倒の革命に情熱をもやす学生パーシャ(トム・コートネイ)を愛していた。
 1914年、ロシアは第1次大戦に突入し・・・

<データ>
「ドクトル・ジバゴ」(Doctor Zhivago)
製作:1965年 イギリス アメリカ M・G・M配給
監督:David Lean デイヴィッド・リーン
原作:Boris Pasternark ボリス・パステルナーク
出演:Omar Sharif オマー・シャリフ  (Yuri Zhivago)
   Julie Christie ジュリー・クリスティ  (Lara)
   Geraldine Chaplin ジェラルディン・チャップリン  (Tonya)
   Rod Steiger ロッド・スタイガー  (Komarovdsky)
   Alec Guinness アレック・ギネス  (Yevgraf)

・ ボリス・パステルナークの小説を、「アラビアのロレンス」のロバート・ボルトが脚色、同じく「アラビアのロレンス」のデイヴィッド・リーンが監督した、ロシア革命を背景に1人の男の生涯を描いた文芸篇。
  撮影はフレッド・A・ヤング、音楽はモーリス・ジャール、美術監督はテレンス・マーシュとジョン・ボックス、装置はダリオ・シモニ、衣裳デザインはフィリス・ダルトン、特殊効果はエディ・フォーリー、第2班監督はロイ・ロソッティが担当した。
  出演は「アラビアのロレンス」のオマー・シャリフ、「ある晴れた朝突然に」のジェラルディン・チャップリン、「ダーリング」で38回アカデミー女優主演賞をとったジュリー・クリスティ、「クロスボー作戦」のトム・コートネイのほかにアレック・ギネス、シオバン・マッケナ、ラルフ・リチャードソン、リタ・トゥシンハムなど。
  製作は「クロスボー作戦」のカルロ・ポンティ、製作企画は「人間の絆」のジョン・ボックス。
  なおこの作品は、第38回アカデミー賞の、5部門(脚色賞、色彩撮影賞、色彩美術賞、色彩衣裳デザイン、オリジナル作曲賞)で受賞。(goo映画案内より)

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原作本「ドクトル・ジバゴ〈上巻〉」→ドクトル・ジバゴ〈上巻〉
 著:ボリス・パステルナーク  訳:江川 卓   新潮社(文庫)

参考:ノーベル賞受賞と辞退
  「ドクトル・ジバゴ」はロシア革命を批判する内容ゆえに本国ソ連での発表はできず、イタリアで刊行され、世界的に知られることになった。
  翌年にはノーベル文学賞がパステルナークに授与されることになったが、ソ連共産党が辞退を強制した。
  受賞すれば亡命を余儀なくされると考えたパステルナークは「母国を去ることは、死に等しい」と言い受賞を辞退した。
  ソ連の共産党は「(「ドクトル・ジバゴ」は)革命が人類の進歩と幸福に必ずしも寄与しないことを証明しようとした無謀な試みである」と非難した。
  当時「社会主義革命の輸出」をしていたソ連政府にとっては「ロシア革命は人類史の大きな進歩である」という見解に疑問符をつけることは許しがたいことであった。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)

参考:オマー・シャリフ(Omar Sharif または Omar El-Sharif、1932年4月10日-)
   エジプト出身の俳優である。
   本名マイケル・シャルフーブ(Michel Shalhoub)。
   材木商の家庭に生まれる。
   カイロの大学を卒業後、イギリスへ留学、ロンドンの王立演劇アカデミーで演技を学ぶ。
   帰国後、1955年にエジプト映画でデビュー。
   アラブ映画界の人気を確実なものにする。
   同年エジプト人女優と結婚(66年離婚)。
   1962年、 『アラビアのロレンス』のベドウィン族長アリを演じ、ハリウッドデビュー。
   アカデミー助演男優賞候補にもなり一躍知名度を上げ国際俳優になる。
   その後『ドクトル・ジバゴ』など出演作が続いたが、ここ最近は映画から遠ざかっていた。
   近年『オーシャン・オブ・ファイヤー』のベドウィン族長などを演じ、久々に俳優として再活動している。
   また、世界選手権に出るほどのコントラクトブリッジの腕前で、本も何冊か書いている。
   英語、アラビア語、ギリシャ語、フランス語を話す。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)

<「ドクトル・ジバゴ」と言えば>
★あの美しいテーマニュージック
「ドクトル・ジバゴ ~ サントラ」
全体に重苦しい音楽が流れるのも,パステルナーク原作の『ドクトル・ジバゴ』の映画化であるから仕方ないだろう。
モーリス・ジャールの作り出した「ララのテーマ」は,後に「サムホエア・マイ・ラヴ」として大ヒットする。もの悲しく重厚な音楽である。(「CDジャーナル」データベースより)

「ハリウッド・グレイテスト・ヒッツ」
1. 20世紀フォックス映画のファンファーレ(ニューマン) 
2. 「海賊ブラッド」序曲(コルンゴルト) 
3. 「風と共に去りぬ」~タラのテーマ(スタイナー) 
4. 「ベン・ハー」~競技者のパレード(ローザ) 
5. 「栄光への脱出」テーマ(ゴールド) 
6. 「ドクトル・ジバゴ」~ララのテーマ(ジャール) 
7. 「アラビアのロレンス」テーマ(ジャール) 
8. 「ロミオとジュリエット」~愛のテーマ(ロータ) 
9. 「007/ゴールドフィンガー」テーマ(バリー) 
10. 「ある愛の詩」テーマ(レイ) 
11. 「避暑地の出来事」テーマ(夏の日の恋)(スタイナー) 
12. 「ジョーズ」テーマ(J.ウィリアムズ) 
13. 「おもいでの夏」テーマ(ルグラン) 
14. 「ロッキー」テーマ(コンティ) 
15. 「愛と追憶の日々」テーマ(ゴア) 
16. 「愛と哀しみの果て」~メイン・テーマ(バリー) 
17. 「炎のランナー」テーマ(ヴァンゲリス) 

★ロシアへの旅
ドクトル・ジバゴの映像と重ね合わせたモクスワ、エルミタージュ等神秘への旅

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【7/13(木)いつかシルクロードの旅へ】
 DVDを見終わってから、原作が読みたくなって本屋さんへ行きました。
 いつかシルクロードの旅へ出てみたいです。(枚方 楠木)

 ☆☆枚方の楠木さん、お便りありがとうございました。
   そうですね、私も海外旅行で行きたい場所の一つです。 
   またのお便りをお待ちしております。 (映画で元気)

◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓オススメ映画をお寄せ頂いたお便りです
【秋野さんのオススメ「東京オリンピック」】
 もうあれから40年以上経っていますが、青春の思い出のように時々この作品を見ています。
 当時まだ中学生だった私は、小雨の中を走る聖火ランナーを見送りました。(秋野)

 ☆☆秋野さん、お便りありがとうございました。
   とても思い出深い作品のようですね。
   国立競技場、新幹線、高速道路・・・開催準備に変わっていく東京の姿でしたね。
   またのお便りをお待ちしております。(映画で元気)

<データ>
「東京オリンピック」
製作:1965年 オリンピック東京大会組織委員会 東宝配給
監督:市川崑

・和田夏十、白坂依志夫、谷川俊太郎、市川崑の共同シナリオを軸に、ニュース、劇映画のキャメラマン一六四人が、イタリアテクニスコープ・カメラ五台と、二○○ミリ、一六○○ミリの超望遠レンズ、その他光学技術最高の技術をふるって撮影した、五輪映画初のワイド版。
 また監督の一員として参加した安岡章太郎が、体操と一人の選手のエピソードを担当、谷川俊太郎がカヌー競技の撮影にあたった。
 総スタッフ五百五十六人、総監督市川崑

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2006年7月 8日 (土)

NO.41「と」のつく元気になった邦画「敦煌」

「敦煌」(とんこう)

<元気コメント>
 場所も時代も気が遠くなるような壮大なスケールの中で、砂の中に埋もれた首飾りや古文書が、数々の古のロマンを語ってくれると思うと、もうそれだけで気持ちが豊かになります。
 
<あらすじ>
 11世紀の宗。
 科挙の試験に落ちた趙行徳は、街で西夏の女を助けた礼として、西夏への通行証をもらった。
 西夏の文字に興味をもった趙は西域へと旅立つ。
 灼熱の砂漠を尉遅光の隊商と共に歩いていたが、途中で西夏軍漢人部隊の兵士狩りに会い、無理矢理入れられてしまう・・・(goo映画案内より)

<データ>
「敦煌」
製作:1988年 東宝
監督:佐藤純彌 サトウジュンヤ
原作:井上靖
出演:西田敏行 ニシダトシユキ  (朱王礼)
   佐藤浩市 サトウコウイチ  (趙行徳)
   中川安奈 ナカガワアンナ  (ツルピア)
   原田大二郎 ハラダダイジロウ  (尉遅光)
   三田佳子 ミタヨシコ  (西夏の女)
   柄本明 エモトアキラ  (呂志敏)
   田村高廣 タムラタカヒロ  (曹延恵)
   渡瀬恒彦 ワタセツネヒコ  (李元昊)
   大滝秀治 オオタキヒデジ  (ナレーター)

・ 戦乱の世、11世紀のシルクロードで、敦煌の文化遺産を守ろうとした青年の活躍を描く。
 井上靖原作の同名小説の映画化で、脚本は「必殺! ブラウン館の怪物たち」の吉田剛と「植村直己物語」の佐藤純彌が共同で執筆。
 監督は同作の佐藤、撮影は「春の鐘」の椎塚彰がそれぞれ担当
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「敦煌」
著:井上 靖    新潮文庫
(「井上 靖」についてはNO.10「おろしや国酔夢譚」参照)
↓「敦煌」映画原作小説

参考:敦煌
 敦煌(とんこう、ピンイン:D?nhuangトゥンホワン)市(-し)は中国甘粛省北西部の都市。
 かつてシルクロードの分岐点として栄えたオアシス都市。
 近隣にある莫高窟とそこから出た敦煌文献で有名である。
 歴史的な敦煌は現在の敦煌市と安西県を合わせた領域にほぼ重なる。

(敦煌の名前)
 後漢の学者応劭によると「大にして盛ん」と言う事だが、実際には紀元前からこの地を支配していた月氏の言葉の音訳であるようだ。
 紀元前2世紀前半に匈奴に冒頓単于が立ち、月氏を攻めてこの地は匈奴の支配下に入る。
 冒頓の時代には匈奴に押され気味であった前漢だったが、武帝が即位して、西域に対して積極的に遠征を行い、この地に敦煌郡を設置した。
 敦煌郡の設置年代についてはかっては紀元前111年と言われていたが、紀元前92年ごろの李広利将軍の大宛(フェルガナ)遠征の際に設置されたとする説が有力となっている。

(漢代)
 その後、甘粛を漢が制圧すると敦煌の西に防御拠点の玉門関と陽関が設置され、漢の西域経営の中心地となり、西方からの汗血馬・ブドウ・ゴマなどの産物や仏教がこの地を通って漢に運ばれ、漢からは絹が西方へと運ばれた。漢にとっての経済・軍事に於ける重要な拠点となり、豊かな土地と防衛拠点としての使命から厳しい政治を避けると言う事があり、税も物価も安く、住民は平和と豊かさを楽しんでいた。この頃の人口が3万8千ほどと言う記録があり、現在の3分の1ほどだが、中国の全人口が現在の20分の1以下(注:現在の中華人民共和国の領土は前漢よりかなり広い)の6千万ほどであるからこの頃の敦煌がいかに栄えていたかがわかる。
 ただしこの地の住民は漢政府により送り込まれた窮迫農民や犯罪者であった。
 そして敦煌の住民が漢の中心地へと帰ることは禁じられていた。

(魏晋南北朝時代)
 その後の魏晋南北朝時代には中央から自立した西涼がこの地に首都を置いた。
 これ以後は沙州(現在の敦煌市)・瓜州(現在の安西市)と呼ばれる。
 西涼は北魏によって滅ぼされ、北魏に於いても西域に対する拠点として重要さは変わらなかった。
 魏晋南北朝時代は仏教が中国に布教した時代でもあり、この地では竺法護などの僧が西方よりやってくる経典の訳に励み、布教に大きく貢献した。
 また366年から僧楽?によって莫高窟の掘削が始まっている。

(唐代) 
 唐代にも引き続き、西域への玄関口として重要であった。
 五胡十六国時代から敦煌は張氏・索氏・令狐氏・范氏・宋氏と言う五家の名族によって実質的に支配されており、名族社会を形成していた。
 しかし安史の乱により唐政府の統制力が弱まり、この地は781年に吐蕃の侵攻を受けて、以後はその支配下に入った。
 その後の70年は吐蕃の支配が続くが、唐と対立している吐蕃の支配下では交易が行われず、経済の動脈を絶たれた敦煌は一気に衰退した。
 その後、漢人の張義潮が吐蕃に反乱を起こしてこの地に独立し、唐に帰順して帰義軍節度使とされた。
 この頃には唐政府の権威は更に衰えており、実質的には独立勢力である。
 張義潮勢力の元で交易は再開されたが、かつての盛況振りからすれば比べ物にならないほど衰えていた。

(北栄代)
 北宋代に入り、タングートが力をつけて西夏を建てて、この地を占領した。
 敦煌文書が莫高窟の耳窟の中に放り込まれ、入口を塗り込められたのはこの時代と考えられている。

(元代) 
 その後に西夏をモンゴル帝国が滅ぼし、引き続いて元の支配下に入る。
 しかしこの頃になると中国と西方を結ぶルートがシルクロードから南方の海の道へと移行し始め、この地の価値は下落し、寂れた町へとなっていく。

(1900年代) 
 その後、長らく忘れ去られた町となり、莫高窟も見向きもされていなかった。
 しかし1900年、この地にいた道士・王円?(おうえんろく、?は草冠に録)が偶然に莫高窟中の第16窟の壁の中に隠されていた耳窟(第17窟, 後に「蔵経洞」と命名)から大量の文献を発見した。
 王円?も王円?から報告を受けたこの地の地方官もこの文書の価値に無知だったので、この文書はしばらくの間は放置された。
 1907年にその噂を聞きつけてやって来たイギリスのオーレル・スタインが王円?から数千点の文書・絵画を買い込んでイギリスへと持ち帰った。翌年にフランスのポール・ペリオが同じようにフランスへ持ち帰った。
 これを見た清政府は大慌てで敦煌文書を北京へと持ち帰るが、まだ残されていた文書を日本の大谷探検隊(西本願寺の大谷光瑞によって派遣された)・アメリカ・ロシアの探検隊が前二者に比べれば少量であるが、持ち帰った。
 莫高窟も中華人民共和国が成立すると保護を受けられるようになり、1987年に世界遺産に登録され、観光名所として栄えている。
(敦煌文献(とんこうぶんけん))
 1900年、莫高窟の第16窟の中にいた道士・王円?が崩れ落ちた壁の中に四畳半ほどの空間があることを発見し、その中に封じられていた大量の経典・写本・文献を発見した。
 発見に至る経緯については王円?の証言にも食い違いがあり、はっきりしない。
 ところが王円?は字が読めなかった。取り扱いに困った王円?はこのことを地方官に報告したが、適当に処理しておけと言うだけで見向きもしなかった。
 この空間は後に第17窟と番号付けされ、「蔵経窟」「宝庫」などと呼ばれることになる。

(敦煌文献の価値)
 当時価値がないと考えられたものが何故現代では大騒ぎされているのだろうか?
 まず一つ目がその量である。
 総数で3万とも4万とも言われるその数は各分野にわたって資料を提供している。
 二つ目がその年代である。
 中国に於ける印刷術は五代十国時代から北宋代に飛躍的に進歩した。
 また、印刷時代に入った後も、正倉院の写経に代表されるような古い時代の文物を保存する意識を持ち続ける日本とは異なり、中国では刊本が普及すると、旧来の写本を保存しようという意識は生まれず、やがて忘れられてしまった。
 それ故に唐代以前の写本は版本に取って代わられ、清代になるとほとんど存在しなくなっていた。
 敦煌文献の中にはこうやって遺失した書物・文書が大量に存在しており、敦煌の中から復活した書物は少なくない。
 三つ目がそのバラエティである。
 文献の大半は漢語で書かれており、内容は仏典である。
 しかし他にチベット語・サンスクリット語・コータン語・クチャ語・ソグド語・西夏語・ウイグル語・モンゴル語などがあり、内容もゾロアスター教・マニ教・景教(ネストリウス派)などの経典、唐代の講唱の実態を示す変文、あるいは売買契約書や寺子屋の教科書などの日常的な文書も残っており、失われた言語・宗教をこの文献より一部復活させたり、当時の民俗・政治の実態を知る上で非常に貴重である。
 四つ目にその無価値さゆえである。
 無価値と判断したものを苦労して保存しようとする者はまずいない。
 であるからそのような物が現存する可能性はそれこそ奇跡に近い。
 その奇跡の成果である唐代の土地台帳などから均田制など唐代に行われていたとされる諸制度が実際にどのように運営されていたかの研究が進められている。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)

<敦煌と言えば>
★敦煌へ旅行
「たっぷり敦煌5日間」
*シルクロードが誇る仏教美術の宝庫『敦煌』をたっぷりと見学する新コースです!
*『莫高窟』では一般窟7箇所(12・16・17・61・96・249・328)に加え、特別窟3箇所(156・217・322)合計10箇所へご案内致します。たっぷりとお楽しみ頂けます!(*当日の状況により、一部見学箇所げ変更になる場合がございます)
*敦煌ではらくらく3連泊!
*たっぷり敦煌観光へ。玉門関・陽関・河倉城遺跡・漢代万里の長城・敦煌古城・白馬塔・西千仏洞を観光します。

たっぷり敦煌5日間icon

敦煌への旅行一覧icon

★もっとシルクロード
「シルクロードの響き―ペルシア・敦煌・正倉院」
  西アジアで生まれた音楽文化は、シルクロードを通り、はるばる海を越えて奈良の都まで伝えられ、日本の音楽の原点となった。
  古代の美術品に描かれた音楽場面、正倉院復元楽器、諸民族の伝統楽器を通じて、古代シルクロードに鳴り響いたであろう、音の交流に思いを馳せたい。(「BOOK」データベースより)

★もっと「莫高窟」
「シルクロード・ロマンII 永遠なる敦煌」
古の時代から現代に至るまで、人々の心を惹きつけて止まないシルクロードの神秘を紹介するシリーズ第2弾。
乾燥した台地に広がる敦煌の街と、そこから20kmの所に位置する芸術の宝庫「莫高窟」が持つ世界文化遺産の魅力を紹介する(「DVD NAVIGATOR」データベースより)

★もっと「石窟」
「シルクロード石窟芸術 敦煌石窟/新疆石窟」
世界的な文化発展に貢献した「シルクロード」の石窟芸術を余す所なく紹介するシリーズ。
本作は、“莫高窟”“楡林窟”“西千仏窟”の3つからなる「敦煌石窟」と、中国内でもっとも開刻された石窟郡のひとつ「新彊石窟」を紹介(「DVD NAVIGATOR」データベースより)

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【7/2(日)この作品を見たら】
 すぐにカラオケボックスへいきたくなって、突然友達を呼び出して・・・。
 友達もポカンとして、事情を話したら大笑い。
 でも、やっぱしミュージカル映画をみてカラオケに行きたくなったことがあったって。(笑い)(東京 石井)

 ☆☆東京の石井さん、お便りありがとうございました。
   映画を見てその気になるというのは結構あるみたいですね。
   いったいどんな歌を歌われたことでしょう。   
   またのお便りをお待ちしております。 (映画で元気)

【7/4(火)「2」の方がお勧めかしら?】
 今回初めて「1」と「2」を一緒に見ました。
 私は「2」の方が楽しくて好きです。(滋賀 中村)

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 ☆☆滋賀の中村さん、お便りありがとうございました。
   第2作目も第1作目以上に笑いと感動が同居していましたね。
   またのお便りをお待ちしております。 (映画で元気) 
 
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【博多 赤井さんのオススメ「鉄道員」】
 最近はこう書くとつい高倉健さん主演の「ぽっぽや」と間違えられそうですが、やっぱり私はピエトロ・ジェルミの「鉄道員」(てつどういん)です。
 がんこ親父の姿が自分の生前の父と重なりあってなんとも言えません。(博多 赤井)

 ☆☆博多の赤井さん、お便りありがとうございました。
   お父様と多くの思い出がおありのようですね。
   貴方もきっとサンドロ少年のような存在だったのではないでしょうか。
   またのお便りをお待ちしております。(映画で元気)

<データ>
「鉄道員」(テツドウイン)
製作:1956年 イタリア イタリフィルム=NCC配給
監督:Pietro Germi ピエトロ・ジェルミ
出演:Pietro Germi ピエトロ・ジェルミ  (Andrea)
   Luisa Della Noce ルイザ・デラ・ノーチェ  (Sara)
   Edoardo Nevola エドアルド・ネヴォラ  (Sandro)
   Silva Koshina シルヴァ・コシナ  (Giulia)
   Carlo Giuffre カルロ・ジュフレ  (Renato)
・ 「越境者」「街は自衛する」のピエトロ・ジェルミ監督が、自から主人公としても出演して一九五六年に監督した、労働者の一家庭を描くネオ・リアリズム作品。
 アルフレード・ジャンネッティの原案にもとづき、ジェルミとジャンネッティ、ルチアーノ・ヴィンセンツォーニの三人がシナリオを書き、エンニオ・デ・コンチーニとカルロ・ミュッソがこれを修正加筆した。
 撮影は「越境者」のレオニダ・バルボーニ。
 音楽は同じく「越境者」のカルロ・ルスティケリ。
 ジェルミの他に「大遠征軍」「芽ばえ」のシルヴァ・コシナ、ファッション・モデル出身でこの作品によりサン・セバスチャン映画祭で女優賞を受けたルイザ・デラ・ノーチェ、ジェルミに見出されたエドアルド・ネヴォラ少年、カルロ・ジュフレ等が出演する。
 製作カルロ・ポンティ。
 なおこの作品は他にサンフランシスコ映画祭の男優賞(ジェルミ)、コーク映画祭監督賞などを受賞している。

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