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2006年1月 6日 (金)

NO.15「黄色いリボン」

「黄色いリボン」(キイロイリボン、SHE WORE A YELLOW RIBBON)

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<元気コメント>
 夕陽が沈む中から自分の名前を呼ぶ声が・・・。一生を賭けた仕事が間もなく終ろうする時、人はどのように生きるべきかを考えさせてくれました。

<あらすじ>
 1876年。西部の白人達は、一斉蜂起したインディアン種族のために苦境に立たせられた。スタアク砦のブリトルス大尉(ジョン・ウェイン)は老齢のためあと6日で退役の身であったが、最後の奉公としてシャイアン族の掃蕩作戦を指揮することになった。亡き妻と息子の墓に別れを告げた大尉は、東部へ帰る隊長夫人(ミルドレッド・ナットウィック)とその姪オリヴィア(ジョン・ドリュウ)を護衛しつつ、タイリイ軍曹(ベン・ジョンソン)を先導として軍を進めた。しかし、2婦人が出発すべき駅馬車の宿駅はすでに焼き払われており、やむなく隊は砦に馬を返すことにした。オリヴィアをめぐって、若いコーヒル中尉(ジョン・エイガア)とペネル少尉(ハリー・ケリイ2世)の間には恋のさや当てが始まっていたが、1千に余るインディアンに追尾されていることが分かると、隊は個人の愛憎を捨てた。渡河点にコーヒル中尉を残して砦に引き揚げた本隊は、早速ペネル少尉を長として河に引き返した。隊員から餞別の時計を贈られた大尉は、従卒クィンカノン(ヴィクター・マクラグレン)を振切ってひとりカリフォルニアに旅立ったが、渡河点の隊員が気になって馬を返すと果して部下達は苦戦に陥っていた。大尉の作戦で隊はインディアン部落に夜討をかけ、馬を全部追払って敵を抗戦不能におとしいれてから、大尉は西へ去ったが、あとを追って来たタイリイ軍曹が携えてきたのは、彼を左官待遇でインディアン偵察官に任ずるという辞令だった。

<データ>
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製作:1949年 アメリカ セントラル配給
監督:ジョン・フォード(John Ford)
原作:ジェームズ・ワーナー・ベラ(James Warner Bellah)
出演:ジョン・ウェイン(John Wayne)-Cap.Brittles
   ジョーン・ドルー(Joanne Dru)-Olivia
   ジョン・エイガー(John Agar)-Lt.Cohill
   ベン・ジョンソン(Ben Johnson)-Tyree
   ハリー・ケリー・Jr(Harry Carey,Jr.)- (Lt.Pennell)
   ヴィクター・マクラグレン(Victor McLaglen) 
   ミルドレッド・ナトウィック(Mildred Natwick) 
   フランシス・フォード(Francis Ford)
・「幌馬車(1950)」と同じく、ジョン・フォードがメリアン・C・クーパーと組んだアーゴシイ・ピクチュア・プロダクションの1949年度色彩西部劇。サタディ・イヴニング・ポスト誌所載のジェームズ・ワーナー・ベラの原作を、「幌馬車(1950)」のフランク・S・ニュージェントと、「ジャングル・ブック(1942)」の潤色者で劇評価のローレンス・ストーリングスが共同脚色、ジョン・フォード(「幌馬車(1950)」)が監督している。撮影は新人のウィントン・ホッホとチャールズ・ボイル、音楽監督はルシアン・カイリエ。主演は「男性都市」のジョン・ウェインが老大尉に扮し、「幌馬車(1950)」の主要メンバーであるジョアン・ドルー、ベン・ジョンソン、ハリー・ケイリー・ジュニア、「アパッチ砦」のジョン・エイガー及び「男の敵」以来フォードお気に入りのヴィクター・マクラグレンが共演、他に、ミルドレッド・ナットウィック、ジョージ・オブライエン、アーサー・シールズ、マイケル・デュウガンらが助演する。ジョン・フォード&ジョン・ウェインのコンビで贈る騎兵隊シリーズ第2作。第22回アカデミー撮影賞受賞。騎兵隊シリーズ第1作は「アパッチ砦」(1948)第2作は「リオ・グランデの砦」(1950)と言われている。

参考:主題歌「黄色いリボン」
 主題歌「黄色いリボン」はあまりにも有名だが、そもそも恋人への愛の告白を謳ったアメリカ民謡。MIDIで聞ける「黄色いリボン」と黄色いリボンにまつわるお話は、「ドナドナ研究室 ファイルNo.009 黄色いリボン」で。
黄色いリボンの由来

参考:ジョン・ウェイン(John Wayne, 1907年5月26日 - 1979年6月11日)
 アメリカの俳優。「デューク」の愛称で呼ばれた。彼はアイオワ州ウィンターセットで生まれ、マリオン・ロバート・モリソンと命名された。しかし両親が彼の弟をロバートと名付けることを決め、彼はマリオン・マイケル・モリソンと名付けられた。一家は1911年にカリフォルニア州グレンデールに転居し、その地での隣人が彼を「ビッグ・デューク」と呼び始めた。彼はどこへ行くにも「リトル・デューク」と名付けられたエアデール犬を連れていたためである。彼は「デューク」を本名の「マリオン」より好み、残りの生涯その名を使用した。アメリカ海軍兵学校を卒業した後、彼は南カリフォルニア大学に入学した。そこで彼は伝説のコーチ、ハワード・ジョーンズの下フットボールに取り組んだ。しかしながら、海岸での水泳中に怪我が彼の運動競技経歴を奪った。彼は怪我の原因が明らかになった時のジョーンズの反応を恐れたと後に記している。
  大学在学中、ウェインは田舎の映画スタジオで働き始めた。ウェスタン映画のスター、トム・ミックスはフットボールのチケットと交換に夏の間の大道具係の仕事を彼に世話してやった。ウェインは大道具係からすぐに映画の端役に選ばれ、そこで監督のジョン・フォードとの友情を固めた。彼の最初のクレジット入り映画はラオール・ウォルシュ監督の『ビッグ・トレイル』であった。ウオルシュがアメリカ独立戦争での将軍、「マッド・アントニー」ウェインから取った「ジョン・ウェイン」の芸名を彼に与えた。ウェインとフォードの間の友情は彼らを多くの作品で共に働かせ、幾つかはウェインの代表作となった。ウェインは1928年の端役から始まり、続く35年間で『駅馬車』、『黄色いリボン』、『静かなる男』、『捜索者』、『荒鷲の翼』、『リバティ・バランスを射った男』と言ったフォードの映画20作以上に出演した。ウェインは西部劇や戦争映画において強く英雄的な役割を多く演じた。しかし彼はコメディ映画やNBCのコメディ『ラフ・イン』にピンクのウサギの着ぐるみで出演するなどユーモアの感覚も持ち合わせていた。彼は多くの戦争映画に出演し「アメリカの英雄」として賞賛されたが、現実には兵役には就かなかった。1940年に徴兵が復活し、1945年に第二次世界大戦が終了するまで彼はハリウッドに残って21作の映画に出演した。1941年の真珠湾攻撃当時彼は34歳で徴兵の該当年齢であったが、家族依存の理由で 3-A に分類され徴兵猶予を申請し受理された。これには国中の興味が集まり、後に 2-A に変更された。彼は多くの作品に出演したにもかかわらず、オスカーは1969年の『勇気ある追跡』での最優秀主演男優賞のみであった。彼は『硫黄島の砂』で最優秀主演男優賞、監督した『アラモ』で最優秀作品賞のノミネートを受けた。彼の制作会社は「バジャック」(Batjac)という名であったが、それは『絶海の嵐』での彼の役のミススペルである。ジョン・ウェインは1979年6月11日にカリフォルニア州ニューポートビーチで胃癌で死去し、カリフォルニア州オレンジ郡のコロナ・デル・マーにあるパシフィック・ビュー・メモリアル・パーク墓地に埋葬された。彼の癌の原因の一つとして考えられるのは、『征服者』の撮影がネバダ州核実験場の100マイル風下で行われたこととされる。
 彼は3回結婚した。妻はジョゼフィン・アリシア・シーンズ、エスペランザ・バウアー、パイラー・パレット。彼にはジョゼフィンとの間に4人、パイラーとの間に3人の子供がいた。最も有名なのはパトリック・ウェインである。彼の子供のうち1人を除いて全員が映画俳優となった。カリフォルニア州オレンジ郡のジョン・ウェイン空港は彼にちなんで命名された。一方、快楽殺人を犯したジョン(・ウェイン)・ゲイシーも、彼にちなんで名付けられたと言われる。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)より)

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コメント

はじめまして、私もジョン・ウェインを敬愛するひとりです。

 「駅馬車」から始まり、「騎兵隊」くらいまでの作品が特に好きですね~、頑固で無器用でもときおり見せる優しさが彼の魅力でした。

 私も今回、ジョン・ウェインについて記事にしました~よかったら遊びにいらして下さいね、ではまた!

投稿: ルーシー | 2006年7月16日 (日) 10時56分

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